月蝕 01










ときどき、泣きながら眼を覚ます。










大正二十年 帝都


「おはようございます。所長」
「おう。おはよう。ライドウ」
今日も早いな、と探偵事務所の主はもじゃもじゃ頭に指を差し込んで、笑う。
何かを誤魔化すように続ける言葉は少し、早口だ。

「えーと、早速だけど、ライドウ。こないだ来た別件依頼はどうする」
「あれは情報が曖昧な上に非常に危険な内容ですね。帝都の守護になるとも思えない」
「そうだなー。ときどきこういういい加減なのが紛れてくるよなぁ」

報酬も微々たるものだし、断っとくか、と聞くと、お願いしますと笑う助手の表情があまりに綺麗で。
ドキリとした男は慌てて、目を逸らす。逸らして誤魔化す。言葉で。

「何か、のど渇くなぁ。ええっと、珈琲 淹れてくれないか。ライドウ」
分かりました、と席を立ち、手馴れた様子で言われたとおりの飲み物を作り始める黒衣の少年に、
鳴海はふと思い出した言葉をかける。

「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように清らかで、恋のように甘く、で、よろしく」
「…はい?」
「いや、ほら、どっかの国の政治家がそんな洒落たこと言ってなかった?」
「何についての?」
「美味しい珈琲の条件」

ああ、なるほどと。少しの間うつむいて、何かを思い出したように瞳を揺らして。
尽力しましょうと返す助手に、何だかお前みたいだよと、つい耐え切れず鳴海が返すと。

また、少しの沈黙の後に。
所長は彼を知りませんから、と、ライドウは心のうちで呟いた。

――― 悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように清らかで、恋のように甘い。



その言葉が、この世の誰よりも似合う、残酷な彼を。





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さしあげもの部屋のVollmondライドウ分岐完結編です。
未読の方はできればそちらから読まれることをおススメいたします。(エロ注意)