コドク 1


名とは呪である。



筑土町 銀楼閣
鳴海探偵社

「はいはい。・・・分かりましたよ。じゃ、後から助手をそちらに向かわせますので」
と、チンと電話を切るなり、
「ライドウ。仕事」と、どこか投げやりな声の所長を見ながら、その助手と黒猫は嘆息する。

『どうやら厄介事のようだな』
「・・・」



◇◆◇


「ああ、悪い悪い、えーとライドウ君だったかな」
どこかとぼけた風な話し方の刑事に、ライドウは軽く会釈をする。

「早速で悪いんだけどさ」
この、どこか、つかみどころの無い刑事。だが、その内には。
自己の能力を活用しうる力が、故意に隠匿されていることをライドウも、ゴウトも知っている。

更に濁り、より深く隠されているが、それは、先ほど別れてきた男にもあるということも。また。


暫しの後。
怪異が起こるらしいんだ、と刑事が言った場所へと、二人は向かう。
何でも、いきなり暗くなったかと思うと、何かに巻きつかれて体を締め付けられたり、荷物が無くなっていたり、恐ろしげな声で怨みを聞かされたりするらしい、と。

『怪異に遭ったモノがその後に数日寝込むということから考えると』
「マグネタイトも吸われているようだな」
『悪魔で確定、か』
「おそらく」
『・・・おや、あれは?』

件の場所の付近で、うろうろと歩き回る子供が見える。
きょろきょろとあたりを見回し、何かの名を、呼んでいる。

「迷子か?」
「うわぁっ」

いきなり声を掛けられて、驚いた子供はしりもちを付き。
悪かった、と言いながら、ライドウはその子に手を差し伸べた。



「犬を、探しているのか?」
「うん。三日ほど前に、このあたりで、はぐれちゃって」
白くてちっちゃいから、シロって名前をつけて可愛がっていたのに。

そう言う、子供の風体は、だが、家で犬を飼えると思えるものでは残念ながら無い。

「ここで・・・遊んで、いたのか」
飼うという言葉を使わぬ、その遠まわしな思いやりに気付いた子供は、笑顔を見せる。

「うん。おれんち、犬なんて飼えないから。おれのご飯残して、持ってきて」
かわいい犬だったから、誰か他の人に拾われたんなら・・・いいんだ、けど。
細い手足の、痩せた子供は、そう言って笑う。

「名は?」
「え?だからシロ」
「いや、お前の」
「サブ。三郎のサブ。兄ちゃんは?」
「ライドウ、だ。・・・サブは、このあたりで起こる不思議なことについて知っているか」
「・・・ちょっと、だけ」
「では、それを聞かせてくれ。その代わりに」

無料で犬探し依頼を取り付け、危険だから二度とこのあたりには来ないようにとサブに告げるライドウを見て、ゴウトは軽く溜息を付く。

――― この甘さは、この優しさは、果たして吉と出るか、凶と出るか、と。
ここに鳴海が居れば、一文の得にもならないことをするなと叱りつけるのであろうな、と。




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