コドク 3



「「ヌ」」
「気が付いたか」
「「ナゼ、オレハ」」
消滅していないのかと問おうとして、その無意味さに悪魔は言葉を止める。
聞くまでも無い。この男が手加減をしたのだ。しかし、何故と考え、やがてある結論が出る。

「「オ前、サマナーカ?」」
「そうだ」
「「・・・オレヲ、使役スルカ」」
「それは、お前の決めることだ」
「?」
サマナーが悪魔を手加減して攻撃するからには、従属させ使役させる以外の目的など無いはず。
そも、敗者は勝者に下るもの。それを敗者の意思を問うとは。・・・一体、この者は?

「それより、一つ、聞きたい」
「「何ダ」」
「シロ、という犬を知らないか」
「「・・・」」
「知っているのだな」
「「・・・」」
「飼い主が探している。知っていれば教えてほしい」
「「・・・ドウセ、マタ裏切ラレルノダ」」

オレの名もシロだった。主の名が三郎だったから、お前の名は四郎・・・、シロとしようと。
俺の弟にしてやるぞと、そう言って。
そう言って、笑ってオレの頭を撫でてくれた、主が、大好きだった。
大好きだった、のに。

「シロ!」
突然に、少年の声がする。異界の層の向こう側から。
「シロ!ご飯、持ってきたんだ!!お腹、すいてるだろ!?出てこいよ」
来るなと言ったのに。仕方のない、とライドウは溜息をつき、再び悪魔に言葉をかける。

「アイツは、ずっとシロを探してる。自分の、少ないご飯を、毎日、残して」
「「・・・知ッテタ」」

だから、子犬を隠した。主と同じ名のあの子から。
怨みに取り憑かれる前の主と同じ、キレイで、優しい目をした、あの子から。・・・でも。

パキ、と悪魔の尻尾がある空間を破壊する。その中には、すやすやと眠る子犬が一匹。

「シロ!!」
その声に起きた子犬は、ワン、と嬉しげに吠え。少年の元へ駆けていった。

「礼を言う」
お陰で依頼が完了できた、と微かに笑うサマナーを悪魔は不思議そうに見る。そして。

「「サマナー」」
「何だ」
「「オ前ニ、ツイテイッテヤロウ」」
「そうか。・・・名は?」
「「イヌガミ」」
「・・・シロ、と呼ばれたいか?」
「「・・・」」
悪魔は逡巡する。呼ばれたい、と思う。この悪魔より美しく、ヒトより優しいこの不思議な生き物に。
だが、おそらくこのサマナーらしくないサマナーは。いつかソノことで傷つく時が、来る。

「「イヤ、ソノ名ハ要ラヌ。イヌガミ、デ、良イ」」
「そうか」


心に深い瑕を負ったものは、他者との接触に怯え、殻に篭り、攻撃的となる。自らを守るために。
だが、その瑕を乗り越えた者は、他者にも、また優しい。その痛みを身をもって知る、故に。
己の十四代目の強さを嬉しくも、また悲しくも思いながら、ゴウトは両者を見る。

――― 名は呪であるのだ。
今、ライドウがこれをシロと名付けてしまったら。
イヌガミという種ではなく、ただ一体のシロという個としてしまったら。
そこに生まれる互いの「情」は、この優しすぎる悪魔召喚師には、今は足枷にしかならぬ。

だが、この悲しい悪魔の心を癒し、陥落させたのも、また、ライドウの「情」であるのだな。

そして、ゴウトは、髭を揺らす。

――― 吉と出るか、凶と出るか、と。



◇◆◇


「ゴウト」

既に宵闇となった、探偵社への帰途で、黒衣の少年が黒猫を呼ぶ。

『何だ、十四代目』
「・・・所長も、たまには「名」で呼んだほうが、良いだろうか」
『・・・』

――― ふふ。面白い。そう来たか。
あの男も、深い瑕を持つ故に。ああ、なのだから。

『やってみるがいい。興味深い』
「分かった」
『怒鳴り散らすやもしれんぞ。所長様と呼べと言って』
「攻撃は、してこまい」
『なるほど、その点では悪魔よりは御しやすい、か』



暫しの後。
妙に赤くなって、怒鳴り散らす探偵所所長様の姿が、銀楼閣にあったかどうかは。
ライドウと、ゴウトと。
管の中で、くすりと笑った、仲魔たちだけが、知っている。




Ende


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後書きはイヌガミ紹介。少しえぐいので反転

イヌガミ
日本出身。(起源は中国という説もあり)蟲毒術としてあまりに有名な使役霊。術法は創作内記述
の通り。犬を生き埋めにし、ぎりぎり届かぬ場所に餌と水を置き、怒りと憎しみを増幅させる形で
飢えさせ、餓死する直前に、その首を刎ねる、とされる。更にその首を四つ辻に埋め、術法を為した
後に、使役するらしい。他の蟲毒術としては、複数の蜘蛛を密閉した容器に閉じ込めて共食いさせ、
最後に残った一体を使役する、というモノも有名。(他にも蛇、蝦蟇等があるらしい)