妖精の恋人


筑土町 銀楼閣
鳴海探偵社


「はい・・・はい。分かりました。では、後ほど助手をそちらに向かわせますので」
と、チンと電話を切るなり、
「ライドウ!仕事だよ〜」と非常に浮かれた声の鳴海を見ながら、その助手と黒猫は嘆息する。

『どうやら余程の高額報酬のようだな』
「・・・」

そして捜査会議とは名ばかりの、単なる情報の伝達が行われた後、
「いってらっしゃーい」と浮かれたままの鳴海に見送られ。
黒衣の悪魔召喚師とそのお目付け役の黒猫は、依頼人の家へと向かった。



◇◆◇


「おお、よくぞ来てくださった。鳴海探偵所の助手さん、ですな。ええと、お名前は」
「ライドウ、と申します」
「では、ライドウ君。早速で悪いのだが」

豪奢な邸宅。恰幅の良い主人。鳴海が浮かれる「額」が想像できる態の依頼人。
学生服のライドウに対しても、礼を欠くわけでもなく。いや、むしろ藁にも縋るような様子を見せる
ところからすると、やはり相当の問題を抱えているかと、ゴウトは判断する。

「依頼というのは、うちの息子のことなのだ」

聞くに。
平島 礼二という、その息子。ペンネーム、島 幸也として目下詩壇を騒がしている、新進気鋭の
詩人である。学生の身のライドウですら、その名を聞いたことがあるほどの、その男が。

「病気でも無いのに、衰弱が激しいのです」

文筆活動には徹夜などはつきもの。また、息子は「降りる」と言っておりますが、書くべきこと、
書かねばならぬことが頭に浮かんだ際は、それを出し切るまでは寝ることもできぬらしく、ゆえに、
多少は体が弱ることもあろうかとは、思いますが。
しかし、食事を取らぬわけでもないのに、日々、痩せ衰えていくのです。あまりにも、甚だしく。
と、父親は語り。

そして。
その故は、当事者を目の前として、はっきりと分かった。

『憑かれておるな』
ゴウトの言葉に一つコクリと肯き、ライドウはその痩せ細り、床に伏せった青年の周囲をうかがう。
「今は何も視えぬ」
『では夜か』
「おそらく」
『むう。夜魔か、もしくは』

「う・・・ん?」
猫の声に気付いたのか、病床の青年の瞳が開く。
その落ち窪んだ眼窩から開いた強い光はライドウを捉え、彼の乾いた唇は「降りた」と呟いた。





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