椿姫 01




別れる男に、花の名を1つ教えておきなさい。
花は毎年必ず咲きます。

川端康成





筑土町 銀楼閣
鳴海探偵社

「は・・・いえ。それは、管轄外となりますので、お受けするわけには。・・・え?金に糸目はつけない?・・・そ、そう、ですか。それほど、お困りなのでしたら、こちらも一肌・・・」

・・・脱ぐのは、お前では無いだろうがと思いながら、ゴウトは冷たい視線を鳴海に送り、
とりあえず、状況を静観中のライドウは無言だ。

機嫌よく、チンと電話を切った後。
「えーっと。ライドウ。ちょーっと、お仕事頼まれてくれるかなー」
と予想通り、鳴海は手を組み合わせ、もみもみしながら、微妙な笑顔で話しかけ。

・・・その揉み手は何だ。お前はどこの悪徳商人だと、ゴウトは心の中で毒づき。
はぁ、と無言で一つ溜息を付くことで、黒衣の探偵助手は "一肌"脱いでやることを了承した。


そして恒例の捜査会議とは名ばかりの単なる情報の伝達が行われた後、
「じゃあ、よろしくね〜」と、少しばかり申し訳なさげな鳴海に見送られ。
黒衣の悪魔召喚師とそのお目付け役の黒猫は、情報収集へと向かった。



◇◆◇



「・・・尻尾が異様に揺れているぞ、ゴウト」
『お前も、もっと怒れ!これは管轄外どころの騒ぎでは無いぞ!』

怒り心頭のお目付け役の細く黒い尻尾は、これ以上ないほどにポンポンと揺れている。
これはこれで、可愛いな、と。あくまで猫の動作に対しての感想を持ちながら、ライドウは今回の
捜査対象者の様子を伺う。

『ええい!金持ちの放蕩息子の素行調査などを、何故、我らがせねばならんのだー!!』
「・・・」
傍から見れば、可愛い黒猫のフギャー状態を疲れた態で一瞬眺め、また真面目な探偵助手は
対象者へとその鋭い視線を向けた。



深川町 見世物小屋。

件の放蕩息子は、十日ほど前からこの見世物小屋に通い詰め、ろくに家にも帰らないという。
どうやらその息子に、家にとって有利な縁談が舞い込んでいるらしく、もしや怪しげな女にでも引っかかったのではと 危惧した家の者が慌てて各方面に手を打ったらしい。のだが。

「入れ込んでいる相手の素性が、どうしても分からない、と」
わざわざ鳴海探偵所に連絡を取ってきたのだという。

『こういった場合、その女に金でも渡して別れてもらうのが定石だからな』
名前も住んでいるところも、何一つ分からずでは確かに手の打ちようが無いか。

「出てきたぞ、ゴウト」
見世物小屋の終了時間まで粘っていたのだろう。ようやっと出てきたその男は、小屋の人間に
何かを執拗に聞いている。

「だから、あの人の名前を教えてくれと言っている」
「またですかー。いや、ですから。あれは・・・ですって」
「それは、見世物の役の名前だろう!私が知りたいのは、彼女の本当の」
「でーすーかーらー、本当の・・・なんですから」
「いいかげんにしろ!そんな化け物が本当に居るわけが無いだろう!!」

「・・・いいかげんにするのは、坊ちゃんの方ですぜ」

ドスの利いた低い声に振り返ると、そこに居るのは。
「佐竹さん〜」
助かった、と、小屋の人間は安堵の溜息を付く。

「な、何だ。お前は」
佐竹の圧倒的な威圧感に放蕩息子の勢いは鎮火気味だ。

「客として来てくださるのはいいんですがね。この町の住人を困らせるような真似は、できれば
ご遠慮願いたいんですよ。長谷川家のお坊ちゃん(・・・・・)

いやあ、実は、お家の方からも、ちょっと頼まれていますんでね。どうです、今からお家に 一緒に行きやせんか?皆さん、心配されておられますよ。

その言葉を聞くなり、黙ったまま、その放蕩息子は走り去った。





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今回は、本編には出ていない「魔」を取り上げてみました。
題名だけで分かった方は相当の悪魔妖怪通かと。