「椿・・・いや、まさか。そんな、はずは」
「・・・父上?」
驚愕に声を震わせ、顔を青ざめさせる父親を、息子は驚いたように見る。
そして。突然に名を呼ばれ、一瞬キュと唇をかみ締めたように思えた少女は。
少しの後、何事も無かったようにその赤い口唇を開いた。
「・・・どこかでお会いしましたでしょうか?」と。
その冷たいほどに涼しい声と、冷やりとするほどに厳しい視線を受けて。
親子共々に硬直した瞬間を逃さず、ライドウは放蕩息子の包丁を叩き落し、その身を拘束した。
◇◆◇
『やはり。そなたか。椿。久しいな』
「お久しぶりですね。黒猫殿。まだそのお姿でいらっしゃるか」
どこか放心したような父親と、毒気を抜かれた様の馬鹿息子を、一座の人間と佐竹が応対した後。
助けていただいた礼を、と。
件の“椿”と共に別室へと入ったライドウは、知己のごとく語り合う少女と黒猫に目を丸くする。
『うむ。そうか、あれからそれほどに時が経つか』
「そうですよ。しかし貴方も、全くお変わりになられぬの」
『そなたこそな。変わらず、若く、美しい』
「ホホ。ご冗談を。見た目など、我らに何の価値もありますまいに」
むしろ、今回は妙なことに巻き込まれてしまった、と、彼女は苦く笑う。
(やはり、あの方のご子息でしたか。似ておられると思い、避けていたのは正解であった)
やがて。
「では、これが当代の、貴方を継ぐ者ですか」
そう言って、椿は目を細めてしげしげとライドウを眺める。
「なるほど、これまで私がお会いした中でも最強」
その外も、内も、と 椿は賞賛し。さぞや、可愛くて仕方ないでしょう、黒猫殿、と、微笑む。
・・・でも。
「要らぬご心配も多そうですね」
そうクスクス、と笑う、稚く見える仕草には、どこか老齢の婦人が持つ気品が漂う。
「ゴウト。これは一体」
話が見えぬまま進むことに若干の苛立ちを感じて、ライドウはお目付け役を呼び。
その苛立ちを宥めるように、楽しげにゴウトは言葉を返した。
『ライドウ。どうやら依頼は無事完了しそうだぞ』
氏素性は分からぬままだろうが、あの放蕩息子の泡沫の恋は、未来永劫、成就せぬわ。
◇◆◇
「いやー。ご苦労様、ライドウ」
よく分からないんだけど、ものすごく報酬を上乗せしてくれてねぇ。
あれかな。やっぱり、俺の電話の応対が良かったからかなあ。俺の美声に惚れた、とかさぁ。
浮かれた口調で零す見当はずれな鳴海の自画自賛を右から左に流しながら、
ライドウはゴウトと椿の会話を思い出す。
『では、今から戻るのか』
「はい。若狭の洞窟に」
『此度は、小浜、か』
「ええ。かの地が本来の私の居場所ですから」
『また、会えようか』
「ええ。また参りますよ。・・・貴方ぐらいですから、私と同じ、モノは。それに」
貴方と、貴方の見守るモノを見ることで、また私も時の流れを感ずることができるのですから。
そう、どこか哀しげに言って、椿はライドウに向き直る。
「十四代目葛葉ライドウ殿。・・・貴方は我らと違い、旅をするモノ」
「旅?」
「時間という流れの中を、旅される方」
そして、我らは、その流れから置いていかれたモノ。
・・・そう。不老不死など、当事者にとっては形を変えた、無間地獄でしか無い。
ただ、過ぎ行くときを、移り変わるモノを、美しいものの栄枯盛衰を見守るのみ。
愛しいモノが、去っていく、様を 見続けるのみ。
――― ただ、独り、この
現世に、残されて。
「どうか、貴方御自身を大切にされますよう」
・・・この悲しい黒猫殿を、余りにも早く、置き去りにされることの、なきよう。
「ライドウ、ライドウってば!」
ふと、鳴海が何度も自分を呼んでいることに、ライドウは気付く。
「何か?鳴海さん?」
「あーっと。今回はさ、世話になったから」
えっと。前に、大学芋、好きだって言ってたろ?買いに行かないか?
あ。・・・い、いや、だったら、いいんだ、けど、さ。
焦ったように早口で話す鳴海を見ながら、
珍しいことも、あるものだ、と思いつつ、ゴウトは内心でふふ、と笑う。
こやつもそういえば、旅するモノだったな。どうやらライドウに感化されて、変化してきた、か。
そして、当の探偵助手クンは。
珍しく、暫しポカンとした表情を披露した後に。
「・・・喜んで、鳴海さん」と。
――― 破顔一笑。
その後。
破壊力ありすぎな笑顔に直撃された鳴海が、顔を赤くしたまま甘味処に行く羽目になり。
・・・それを見ながら、黒い毛皮を纏ったお目付け役が心の中で爆笑し続けることとなり。
そして。
自らの魅力に未だもって、とんと無頓着な美しき弓月の君は。
好物の甘味を前に、一人無邪気にその白磁の相好を崩すこととなった。
「そういえば、ゴウト?」
「何だ?」
「彼女は、結局・・・」
「若狭小浜の洞窟に住む、白き椿を持つ不老不死の女性、と云えば一人しかおらぬが」
「・・・不明で済まぬ」
「自学も必要であるからな、自分で調べるがいい」
「分かった」
素直に肯く愛しき後継を見ながら、ゴウトもまた彼女の言を思い浮かべた。
「私なぞ足元にも及ばぬほどに美しき貴方の白椿。安易に首を落とされることの無きように」
私も祈っておりますよ。ゴウト殿。
・・・そなたが祈ってくれるのだから、きっとコイツはさぞや、長く咲き続けるであろうな。
他ならぬ
八百比丘尼が祈ってくれるのだから。
Ende
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後書きは八百比丘尼をちょっとだけ紹介
いわゆる「人魚の肉を食べてしまった娘」です。
不老不死のまま、生き続け。800歳で若狭の洞窟に入定したというのが通説です。
白い椿を持ち、日本全国を行脚したとも伝えられ、春の女神的な性格も兼ね備えていたのかと。
ちなみに、日本における見世物の第一号が、1449年に京都にあらわれた八百比丘尼とか。
東京の見世物小屋に現れた(笑)記録が、江戸末期だか明治時代だかに残っているとか。
本当に諸説山盛りでございますので、きっと皆様のお近くにも潜んでおられることでせう。
しかし人魚に美少女に不老不死。日本人の萌えは綿綿と受け継がれている遺伝子かと。
・・・ほんの少しだけ、アレクサンドル・デュマ・フィスの椿姫をトッピングしました