重陽 01



「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」

上田秋成 『雨月物語』より






「ちっ!余計なこと、しやがって!!」

余所者同士の抗争、だったのだろう。
筑土町の一角、風体の良くない一人の男を、これまた風体の良くない男が四、五人で取り囲み、
正に、一触即発であった、その状況は。周囲を巻き込む大騒動になる寸前に。
襲っていた側の男たち全員が、その場に昏倒することで終結した。

・・・とある少年の介入により。




筑土町 銀楼閣
鳴海探偵社


「ライドウ、お前、また、厄介事に首をつっこんできただろう?」

厄介事?と、どこかきょとんとした風で、無言のまま首を傾げる助手を見ながら、
不機嫌そうにぼやく、モジャモジャ頭の探偵は机の上を爪でトントン、とつつく。

「聞いたぞ。昨日、お前が、たちの良くない輩の喧嘩を止めようとして」

ああ、と。
そこまで言われて、やっと思い当たったような表情を少し浮かべた助手は
その白磁の面を微塵も揺らすことなく、報告が遅れまして、と、要点のみを返す。

「他の方に迷惑がかかりそうでしたので、事前に対処を、と」
「・・・」

「幸い、町の方々や、近くの店の備品などにも何の被害も無く」
「・・・」

「警察より先に、佐竹さんが到着されたので、事後処理はそちらに。お陰で特に揉めることも」
無かったと思いますが、と続けようとして、助手は所長の憮然とした沈黙に気付く。

「・・・所長?」
(〜〜〜ああ、もう、何だよ。この帝都の守護者様的、花丸印な模範解答の羅列は!)

「大事な報告、してないだろ」
「え」

言うなり、所長は助手の腕を、いきなりに。それでも少し、加減して掴む。
途端に、ツ、と漏れる声と共に寄せられる秀麗な眉根に、そらみろ、と憤る。

「ここ!・・・襲われてた男を庇って入って、怪我したんだろ!!」
「・・・大したことはありません」
(〜〜〜やっぱり、怪我してたんじゃないか!)

思い起こされるのは、昨夜の自分の醜態。
酔って帰って来て、体を支えてもらったり、白湯やら簡単な夜食やら出してもらったり。
風呂にまで入れてもらった気がする・・・。怪我人の腕を散々、酷使させて。


(・・・怪我、してるって。一言、言ってくれりゃ、いいのに。ホントに、コイツは)
自らの不明が悔しすぎる男は、思わず、相手に責任転嫁をしかける、が。
”また、同じこと”をしようとする、己の愚かさに気付いて、慌てて、違う思考へ転換する。

(・・・まだ、信用してもらってない、のかな)
「え?」

「いや、何でもない・・・。大した傷じゃないなら、いいんだ。佐竹さんから、お礼届いてるから」
夕食の後にでも、食おうか、と、無理やりに明るい方向へと話を終結させて。
はい、と嬉しげに肯く彼を見ながら、自業自得とは言え、俺の恋路も険しいなと、男は嘆息した。


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