やがて、力尽きたかのように瞳を閉じた主を、傍の岩に当たらぬように腕で抱きかかえて支えた
ウリエルは、主に自分の重みがかからぬよう、片翼をパサと音を立て、体勢を変えようとする。
と、その動きに気づいたのか、再び、うっすらと主の瞳が開き、唇が動いた。
「行か、ないで」
「主、様?」
問いかける僕の翼を、きゅ、と握り、悲しげに言い募る。
焦点の合わぬ視点は、目の前の天使を見ているようで、見ていない。
「行かないで。もう、俺を置いて行かないで」
泣きそうに歪む顔。哀しげに縋る腕。
・・・今、この方が見ているのは、「私」ではない。
人から悪魔の身に落とされたこの方は、これまで、どれだけの者に「置いて行かれた」のだろう。
その「誰か」に、殺してやりたいほどの憎しみと嫉妬を感じながらも、ウリエルは自らの首にかきついてきた主
を抱きしめて、そっと言葉を落とした。
「どこにも・・・行きません」
「・・・ほんと?」
ああ、何と言う甘く哀しげな声で縋られるのか。誘っておられるのか、と錯覚するほどに。
「貴方を置いて、私はどこにも行くことなどできません」
(お前が行きたいところに行けばいいよ、ウリエル)
――― 私が行きたいところは、貴方の傍です。主様。
その答えを聞いて、安心したように微笑んで、彼の主は再び、瞳を閉じた。
僕の首に腕を絡ませたまま。
やがて、少し離れた所から、聞き知った仲魔たちの、シュラを呼ぶ声がウリエルの耳に届く。
それを聞いて、深い安堵と、少しばかりの残念な気持ちをこめた、溜息を吐いて。
ウリエルもまた、暫しの間、その青い瞳を閉じた。
腕の中の主を更に深く抱きしめて。