まつとしきかば 2



―――まあ、その後のシュラの話を要約すると。

「貴方の幼い頃にご母堂が無くなり、多忙なご父君では幼い貴方を養育できず、仕方なく預けられた親戚の家長が無類の猫好き、かつその家の女性陣が貴方に優しくなく、結果的にその家の『猫』に育てられたようなものだから。ということですね」

「シンプルかつ的を射たまとめをどうもありがとうライドウ」(←棒読み)

『む。そうであったのか。すまぬな、あまり言いたくない話であったろうに』

「や。気にしないでください。ゴウトさん」(←めっちゃ嬉しそう)

「……」

むっつりと黙り込むライドウを傍目に、またゴウトと二人の世界を創るシュラであった。


「旧家、だったのかな?やたら広い家で、常に5匹以上は確実に居たんです。で、その内の一匹がすごく俺になついてて、一日中一緒に居ました。朝は起こしてくれるし、昼はずっと遊んでくれるし、夜は布団の中に入ってきて、いつも一緒に寝てたんですv」

『猫、にしては珍しいな』

「うん。だって、俺の布団の中で子猫を産んだんですよ、そいつ」

『それはすごい』

この、本当の意味では他者を信用しない種族が、とゴウトは感嘆する。


「……ただ、その後すぐに居なくなっちゃったんですけどね」

「居なくなった?」

「うん。……あれ?ライドウ?まだ居たんだ」

「……。居なくなった、とはどういうことです?」

「……って聞くってことは、ライドウ。普通の猫、飼ったことないんだ」

その応えにライドウの瞳が怪訝そうに狭められる。


『ライドウよ。猫は』
「『死期を悟ると、自ら家を出て行く』んだよ」

その異口同音の応えに、ライドウの眉が更に寄った。


◇◆◇



―――母親の死はあまりに自分が小さかったからよく覚えていない、とは言え、物心ついてから何度も猫や犬はもちろん、人の死に目にすらあっていたのに、とシュラは言う。

「あいつが居なくなったときだけは、駄目だった」
「毎日毎日、いつ帰ってくるだろうかと」
「ちょっと、どこかに出かけただけじゃないのかと」
「ずっとずっと待ってる俺を見かねた大叔父が、猫が帰ってくるっていうおまじないまでしてくれたけど」
帰ってきてくれなかった、と呟いて、シュラは俯いた。

「黒い、猫だったのですか」
少し気遣うような声音でライドウが問う。

「いや、白と黒の。白地に黒い髪がかかったような。すんなりとして、賢くて、きれいな」

そこまで答えて、シュラがふと顔を上げてライドウを凝視した。
「何か?」
怪訝そうに問うライドウにシュラが、つと、手を伸ばす。

「撫でていい?」
「え?」

突然の申し出にライドウの目が点になる。
その戸惑いに頓着もせず、シュラの手はライドウに触れるか触れないかの位置で止まり、穏やかな灰色の瞳がライドウの黒い瞳を射抜く。

「ね、撫でちゃ駄目?」
「か、構いません、が、いきなり、何を」

(あ、こんなに慌ててるライドウ見るの、始めてかも)

「もう少し、近くに、来て」
「は、はい」

「……帽子、取っちゃ駄目かな?」
「そ、それは勘弁願いたい、と」

「……分かった」

……数分の後、こんなことなら帽子を取ればよかった、と、彼は心の底から後悔することになる。



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