まつとしきかば 3



『大丈夫か?ライドウ』

呆れたように問うゴウトに、精神力を使い果たしたような声でライドウは答える。

「……知っていたなら、止めてくれ。ゴウト」

『いや。猫でないお前なら問題ないかと思ったのだ。シュラも嬉しそうだったしな』

「猫でなければ、余計に問題だ!」

そう言うライドウの顔は、かつて無く赤い。


『だが……良かったであろう?』

「……良かった」

そうポツリと言って、ライドウは下を向き、帽子の鍔を引き降ろした。



幼いころより、数十匹の猫と接し、それを皆なつかせてきたシュラは撫でるのが上手い。
上手いどころの騒ぎでないぐらいに上手い。


先ほど、分かった、と答えた後、シュラは首を傾げてライドウの瞳を覗き込み、何かを思い出したように、ふふと笑いながら、かすめるようにライドウの額に触れ、そして、そのまま耳の後ろに指をすべらせ、さらさらと小指から人差し指まで順に使って、何度も何度も撫で上げて・・・。
そのままゆっくりと首の後まで手のひらを動かし、また撫で上げて・・・。


さらり、さらりと続くあまりの心地よさと、それに並行して疼くように感じる何かに、思わずライドウが顔を上げると、滅多にライドウには向けられたことが無い、シュラの柔らかな笑顔が
「ん?気持ちよくない?」と問いかけて。

その笑顔から目が離せないまま、ライドウが小さくかぶりを振ると、「そ、よかった」と微笑んで、
また、さらり、さらりと。


どこが気持ちいいのか、どうしてほしいのか、すべてを知り尽くしたような手の動きに、あっさりと陥落したのはゴウトやライドウだけではなく、その甘い責め苦に耐え切れなくなったライドウが降参した後、我も我もと列を成して撫でられるのを待っている仲魔たち全員であった。


(我も、猫の形をとって久しいが、あのように絶妙な撫で方をされたことは未だかつて無かったな)
とゴウトは思う。

『しかし、お前も帽子を取れば、頭を撫でられる分、まだマシだったろうに』

ゴロゴロと猫のように喉を鳴らすケルベロスを見やりながら、ゴウトはライドウに言う。

「……」

『耳とうなじばかりをやられてはな。人の男の身としてはキツかったか』

「……言うな」

『まあ、よくあれだけ我慢したな。誉めてやろう』


……外套があって良かったな、と、ぼそっと呟くゴウトに、もはや言葉も返せず、ぼんやりとシュラ達を見ながら、ライドウは深い溜息をついた。

次の被害者は、クー・フーリンか、と、大いなる同情と、微かなざらつきを心に感じながら。


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