ムスブ 03





ねえ。あのオモチャ買って!


ねだる子供にまたなの、と冷たい一瞥だけくれてやって黙って財布を出す親。

よく見る風景。


あの子供はきっと大きくなっても相手を代えて同じこと言うんだろう。

ねえこの指輪買って、と。


オレは知ってる。オレには分かる。あの子供が欲しいのは本当は。







あれは、マントラ。
サンシャイン60。
ふん、sunshineか。sun 「死ね」、だなんて、皮肉なネーミング。いま思えば。

太陽を殺して閉じられた空間。薄暗がりに林立する、炎。
でかい、恐ろしげな悪魔に出会って、足がすくんだオレは。扉を開けて入ってきた、 たくさんの悪魔を引き連れたほっそりとした人型のソレに、一瞬、びびって、でも。

「……カオル?」

一目で分かった。見惚れた。
そして

良かったって、思った。心の底から。
ああ、お前、瑕の痕、無くなったんだなって。
その黒と緑の紋様の方が、よっぽどか、お前に似合ってるって。


――― あんな。おぞましい傷痕なんかより、よっぽど。



◇◆◇




ああ。
後から悔やむ、で、後悔。
オレがその言葉を生まれて初めて、心底思い知ったのが、お前の、肌を見た、あの時だった。

一目で分かった。これは、手術の痕なんかじゃない。
慌てて、つまんだシャツのすそを引き下げて。震えながらアイツにそっと布団をかけて。
アイツを起こさないように静かに立ち上がって、もう一度トイレに行って、オレは少し吐いた。

何もかも分かった気がした。アイツが諦めている理由。誰も中に入れない理由。
無理だと思った。無理だ。きっと、オレなんかじゃアイツを救えない。
オレの軽さも千晶の強さもオレの冗談も千晶の我侭もオレの拘束も千晶の執着も、何も。

誰も―――




なあ、カオル。宿題やってる?次の授業のノート見せてくれよ。
またか?と苦笑するお前に、だって裕子先生の授業だぜ!とオレは返した。

ウザがられても良かった。お前を一人にしたくなかった。関わっていたかった。
欠片でもいいから俺をお前の中に入れてくれないかと思った。ずっと思ってた。
オレは。オレなんかじゃお前を守れないけど。救えないけど。でも、それでも。いつか。
お前の傷が癒えるときが来たら、もし来たら、そのときは、って。


ねえ、あのオモチャ買って!
ねえ、この指輪買って。

欲しいのはオモチャじゃ無い。指輪じゃない。ノートじゃない。
でも、いつも。うまく言えない子供は、本当に欲しいものをもらえない。

だから。だからオレは。このコトワリを。ノアを。箱舟を。TEWAを。






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