再会 2



この数ヶ月。
葛葉ライドウには記憶に瑕疵(かし)があった。その(きず)は彼に不可思議な感覚を与えた。

喩えるならば、ある日、ふと気がつくと、自分ひとり影が無かったことに気づいたような、
いや、自分の心臓が鼓動を打っていないことに気づいたような、底なしの漠とした不安。

――― 心のどこかに穴が空いたように。
彼はそうお目付け役に言った。起居し、会話し、食して過ごす、当たり前の日々、それを幸せと感じることすら空虚なのだと。

そうやって、その記憶の瑕疵は彼の心を日々ゆっくりと侵食していったのだ。
知らず、自らの死を望ませるほどに。

もっと以前の彼ならば、喩えこれだけの悪魔相手でも最後まで心が屈することは無かったであろう。
それは、失うものの怖さを知らぬがゆえに。
そして失われた記憶での彼ならば、喩えどのような者が敵であろうと体も心も、決して屈しなかったであろう。 それは、心から守りたいと願う相手を得たがゆえに。

だが、今の彼には死への隠された欲望があった。

――― 死ねば、死んでこの身を変えれば、求めて止まぬ「誰か」に逢うことができるかもしれぬ。
今度こそ、その「誰か」と、最後まで共に居ることができるかもしれぬ。

その不確かで漠然とした暗い儚い願い、理性によって周到に梱包され心の奥にしまわれたその渇望は、この非常事態を得て、産声を上げたのだ。

そうして、彼の右手からは力が失われ、彼の瞳からは光が失われた。

自らの生への執着を捨てた彼に気づいた敵は、勝利を確信し、勝ち鬨を上げた。



「どうやら、彼は、諦めたようだね」
天主教会のステンドグラス越しに様子を見ていた、金の髪、青い眼の青年はそう呟いた。

「これはこれでいい見世物だけど。面白くないね」
そう言いながら、ゆるりと首を傾けて傍らに問う。

「ねえ、どう思う?シュラ?」


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