「……ん」
甘やかな声がして、雷堂は自分の舌の動きが返されるのを知覚する。
拙く、どこか戸惑い気味に絡まる動きが、より雄を煽るのだと気付かないのは本人のみだろう。
やがて、スゥ、と雷堂のマグネタイトが一定の方向へと動き出す。
初め控えめだったその流れは、口付けが深まるに従い、コクリと飲み干すように受け入れられ。
暫しの後、膝の上の重みが変わったことを怪訝に思った雷堂は、目を開いてその理由を知り。
安堵の溜息をつく。
……女性体に変わったか。
ならば、生きることを選んだ、ということだな。
より効率よくエネルギーを得ることのできる、陰の性。
命を育むことができるその性は、雄よりも遥かに生きることに貪欲で、生物として強い。
お前が混沌王と言う二つ名を持つならば、この性もまたお前にとても似つかわしい。
――― 死と再生を繰り返し、無から有を生み出すのが、混沌、なのだから。
◇◆◇
「〜〜〜で、いつから、喰っていなかったんだ?!」
怒ったように詰まる、その男の顔には、美しい瑕がある。
「え?さっき、食べた、けど。大学芋」
その男の外套を体に巻きつけた悪魔が答えると、呆れたような溜息が聞こえる。
「わざと、とぼけているのか?」
いえ、真面目に答えましたが、という暇も無く、畳み掛けられる。
「マグネタイトだ」
あ、やっぱりそっちでしたか。いつからって、いつから、だろ。えっと、確か。
「帝都に来た次の日、から」
「……」
しまった。正直に答えすぎた。うわ、ものすごく怒ってませんか。このヒト。
「死ぬ気だったのか?」
「死ねれば、ね」
直球で聞かれたのが何だか嬉しくて直球で返す。この人は真直ぐで安心する。
消滅できればどれだけ楽だろうと思ってるのは事実。きっと許してはもらえない、けれど。
「なぜ、アイツは気付かなかった?」
「……普通、無理、だよ」
「いや、気付かないほうが、どうか、している」
ましてや、アイツほどの能力者が。それも、お前のことを。
「……雷堂さんも、あっちでの私を見てたら、きっと気付かない、よ」
それは先入観。
最強最悪の悪魔。その魔力と攻撃力は絶大で他者を寄せ付けることなく。優しげな風貌は戦闘に入れば、その悦びと悲しみに支配されて羅刹へと変わり、敵を慄かせ、かつ魅了する。
誰が、思うだろうか。その混沌王がまさか、自分でエサも食べられない、なんて。
「とりあえず、業斗とフェンリルがあいつらを呼びに行っているから」
その後で、しっかりと今後のことを決めるぞ!いいな!と念を押されて、焦る。
「ま、待って。ライドウには、言わないで」
「……理由は」
「……言えません」
「……」
「お願い」
「……なら、交換条件だ」
奴には内緒にしてやろう。その代わり。
……その代わり?
……ええ、これって脅迫?