ツクヨミ 4



キョウジの管から出た大量のソドムの炎は、ライドウ達を直撃する。
避け切れぬと判断し、咄嗟に外套――― 防火の役を為す――― で身を守ろうとしたライドウは、 己を守ろうと飛び出した仲魔に驚愕の声を上げた。

「ショボー!」
「キャアァアアアツ」

カランカランと大量の管が転がり落ちる音がする。
キョウジの楽しげな笑い声と、使い捨てされたそれらの断末魔を聞きながら、ライドウはモー・ショボーを回復させようと動く、が。

「やっぱり、そう来たか。甘いのは変わらねぇよな。ライドウ」
その動きを見切っていたかのように、間断なくキョウジは次の攻撃を仕掛けた。

――― 仕掛けた、はずだった。

おそらくは、何が起こったのか、正確に判断できたものはゴウトとヤタガラスの使者のみか。




美しい猛獣。
――― 言い得て妙。
大型の肉食獣のようにしなやかにソレは歩みを進める。
威嚇すらしていないのに、その強さに美しさに恐ろしさに皆の息が止まり、身動きが取れない。

「……お前ぇ、拘束の”(いん)”はどうした?俺のも含めて六つもかけていただろうが。」
通常の悪魔ならば一つでも身動きが確実に取れぬレベルのそれを、その四肢と胴と頭に。

――― だが、この者にとっては、幼子が編んだ紙の鎖のようなモノか。
何の苦も無く、あっさりとその印を解いた様を見ていたヤタガラスの使いは理解する。
――― なるほど。放置しておくには、……すぎる。

一言もしゃべらず、キョウジの前に立ったシュラはコツと爪先に当たった管を一本拾い上げる。
「何のつもりだ、てめぇ」
「動くな、って、さっきも(・・・・)言ったよ。 ……キョウジ?」

己の二つ名を、甘いとも思える声音で呼ばれ、その金色の瞳でちろりと見据えられて、再びキョウジの四肢は硬直する。


……何だ、この力は?呼ばれただけで体が動かない、だと?


「黙って見ていようって思ったんだけど」
俺が手を出さなくとも、ライドウとゴウトさんに任せていれば大丈夫だろうから。
「けど、あんたには、さすがにちょっと頭に来たから」
悪いけど少しだけ動くね、ライドウ。

キョウジを見据えたまま、シュラがそう言うと、貴方の思うとおりに、とライドウが答えた。


……何だ?この震えは。懼れている?だと。この俺が?この悪魔に?


「ね、キョウジ?この子達って、使い捨て?」
「俺の勝手だろうがよ。強いヤツが弱いヤツを使い捨てて何が悪い?」
拾った管を検分するように見ながらシュラが問うと、キョウジが吠え掛かるように答える。

「……ふぅん。じゃあ、あんたにとっては、悪魔は仲魔、じゃなくて」
ただの、道具、なんだね。

引きちぎられた物理的な拘束具と衣の隙間から、美しい黒と緑の紋様が見える。
その色彩を放つ人型の悪魔の、哀しげに細められた瞳が赤い色に変わる。


……一体何だ、こいつは?……見惚れている、だと?この、俺、が?


「……動いていいよ(・・・・・・)。キョウジ。俺は抵抗しない、攻撃しなよ」
「シュラ?!」
「いい、度胸じゃねぇか、てめぇ!」

体の自由を取り戻したキョウジが、その矜持をも取り戻すかのように凄まじい咆哮を上げる。すぐさま彼の残る管のほぼ全てが解放され、凄まじいまでの火柱が起こり、シュラへと向かった。が。

「何ぃ?」
キョウジの身体中に仕込んだ管がガクガクと震える。使われればその最大出力を為した後に消滅するように 設定してあるはずの、それが。…………そして、シュラへと向かった火柱は―――
主人に懐くかのように、その体の前で止まり、くすくすと笑うシュラの手で「撫でられて」いた。

「何をしやがった!」
「何も」
「嘘を言うな!」
「したのは、あんただよ。キョウジ。いや、しなかった、というべきかな」
「……何が言いたい」

既に全ての管がシュラの支配下に入っていることに気付き、キョウジの勢いが治まる。

「主に心を与えられず、心が無いままの道具は、手放せば、裏切る。キョウジ」
「……」
「自分より強い相手に出会えば、それで終わりだ」
まあ、あんた、これまで自分より強い相手って居なかったんだろうけどさ。
世界は広いよ?と、邪気の無い笑顔をにこりと向けられて、さすがのキョウジも戸惑いを見せる。

「俺を、殺さないのか?」
「うーんとね。そうしようかなって思わなくも無いけど」
あんた、どう見ても超危険人物だし?とシュラが笑う。

「けど、こいつ等がさ。あんたみたいな主でも、殺さないでって言うから」
言いながらシュラが先ほどの管に口づけると、消滅したはずのそれが緑色の光を得て復活するのが見えた。

「ヒトは脆くて弱いけど、変わることができる、よ。キョウジ」
だから、強いんだろ?と、シュラがその管をキョウジにふわりと微笑みながら渡すと。

「……ちっ!……悪魔にお説教されるとは思わなかったぜ」
かつて見たことが無いような表情で、管を受け取りながらキョウジは下を向き。



――― ああ、また一人。……厄介なのが。
もはや恒例になったその言葉を頭に浮かべながら。
仲魔の治療を終えたライドウはひとつ溜息をついた。


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