片恋 3




しゃら、と鳴る(かんざし)
しなだれかかる、しなやかな肢体。
着物の襟から、誘うように覗き見える白いうなじ。
はぁ、と甘い吐息を漏らす、紅をひいた口唇。

「いつもお世話になってるから、タダでいいわよ〜」
「「「「「「ごゆっくり〜」」」」」
お姉さま方の言葉をどこか遠くに聞きながら、ライドウは腕の中にあるソレにただ息を呑んだ。


「ラ、イドウ」
喘ぐように名を呼ばれて、全身が熱くなる。
「た、すけて」
首に腕を回され、耳元で囁く声にびくりと震える。
「お、願い。脱が、せて」
もう何もかもどうなってもいい、とライドウが沸騰する直前に。

「……死ぬ」
「え?」
「帯が、キツくて、息、が」
「えぇ?!シュラ?!しっかりしてください!!」

冷水を頭から浴びせられたような心地で、急いでシュラを拘束している帯に手をやる。

(まあ、若いっていいわね〜。情熱的〜

どこかから聞こえてくるその言葉に、心の底から悪態をつきながら。
ライドウは失神寸前のシュラの帯を解くことに専念した。


「大丈夫、ですか?」
「うん……。少しマシになった……」

床に広がる、衣の海。
黒に赤に金に彩られるその中で、白い手足を見せて美しい悪魔が横たわる。

……眩暈を起こしそうな。
つい、と突かれれば堕ちていきそうなその感覚を抑えているのは、かの悪魔の苦しそうな姿。
いや、それさえも恋心を煽ってはいるのだが。

「しかし、どうして、こんな、」
「俺も、訳、分かんない……。どこから来たのって聞かれて、遠くからって答えて」
「答えて?」
「ライドウに会いに来たの?って、聞かれて、そうですって答えて」
「……で?」
「ずっと居るの?って、聞かれて、いやまた、近いうちに帰らないとって」
「……」
「で、確か、会えなくなるの淋しくない?って聞かれて、そりゃ淋しいですけどって、答えたら」
「……すみません」
「え?」

(ライドウちゃんの気持ちは分かってるわよ!)
多分、僕が。僕が貴方をずっと見ていたから。だから、あの人たちは。
こんな。無茶な。お節介、を。

黙り込んだライドウの顔を、彼の膝の上から寝転んで見上げていたシュラは、つい、とその手を伸ばし、学帽の縁を、ツンとつついて注意を引くと、にこり、と笑ってみせた。

「お前のせいじゃないだろ、それに」
帯がキツすぎたのは何だけど、こういう服は嫌いじゃないよ。俺。
「まあ、今の状況だと男物が良かったんだけどな。無かったのかな」
何だったけ、これって、……コスプレ?前にも千晶に一度やられたことあるし。

……意味が分からないなりにも不穏な言葉を聞いた気もするが、まあ、それは置いておいて。

良かった。さすがに和装には詳しくなかったか。
安堵と共に、残念な心持ちもする。こういうことなら着替えておいても良かったかもしれないと。

「でもズルイ!お前も着替えるって言ってたのに、お姉さん達」
「……貴方と違って、僕は身を守るモノを、簡単に外すわけにはいかないので」

あ、そっか。そうだね。ごめん。
あっさりと納得してくれる彼に、気遣ってくれたお姉さん方に、心の中でもう一度すみませんと言う。

「でも、これキレイだね。黒い着物って、喪服ぐらいしか知らなかったけど」
この時代って、こういうのが流行?

くすり。
無邪気に聞いてくる貴方が可愛くて、つい笑ってしまう。
「いえ、これは以前からこういうモノとしてあるはずですよ」
「そっか〜。異世界だから?つか、着物文化って俺の頃は無いようなもんだしな」

納得したように呟く彼の瞳は、疲れたのかとろんと甘い。
「疲れましたか?」
「うん。悪い、けど。ちょっとだけ、寝ても、いい?」
構いませんよと言い掛けた言葉は、続くシュラの言葉で止められる。
「せっかく布団あるし」

…………。

「布団で、寝るんですか?」
「寝るための布団、だろ?」
正論過ぎる正論を吐いて、よっこいしょ、と肌襦袢以外の着物を滑り落とした彼はそのままコテンと布団に転がり。 沈黙したままのライドウが見ている間に、スゥと安らかな寝息を立てた。

……本当に。貴方は。
何をどこから、どう詰まっていいものやらも分からず、ライドウはその寝顔を見る。
と、聞こえたのは、う、ん、と動かす頭からシャラと鳴る音。

あぁ、簪が。
危ないと、スイとそれを抜くと、楽になったのか。赤い口唇が無意識に弧を描く。
……紅も、取らないと。
伸ばした指を途中で止め、空蝉のように置き去りにされた着物を見、暫し逡巡する。

許して、もらえるだろうか。この衣装を纏っていた貴方に口づける、ことを。
――― この黒い着物は、僕の時代では、婚礼。の。

やがて、思い切ったように男はその紅の上に唇を重ねる。
ゆるりと深くなるそれに、眠る悪魔が首を振り、はぁと苦しげに吐息を漏らすと。

男は淋しげにゆっくりと唇を離し、自らに移したその紅を、そっと白い指で拭った。






やはらかな君が吐息のちるぞえな。
あかしやの金と赤とがちるぞえな。




Ende


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いや、この場合それは多分イメクラだよ。シュラちゃん。
……うゎ。おま、やめ。何をすry

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