裁きの天使 2



少し欠けた月が天空を横切っていく。
一人、屋上に寝転び、シュラはぼんやりと空を眺めていた。


あの後、要領を得ぬ鳴海の説明に業を煮やし、とりあえずは同行すると申し出たライドウだったが、 シュラは、「絶対に来るな」と、にべも無くその申し出を断った。

食い下がるライドウに「お前には関係ないことだ」と、刃のように冷たく硬い音で、言葉を落として。

納得できぬライドウに、協力してほしいと申し出てきたのは意外にも、シュラの仲魔達。
聞けば彼らもこの建物と鳴海の守護を命じられたのみで、屋上への出入りは禁じられたと言う。

「どういうことだ」と尋ねるライドウに、ロキは「因縁……だな」と嘆息し、
「誰が来る?」と追求するライドウに、「神の炎、の名を持つもの、おそらくは」と
クー・フーリンは目を伏せた。

そして、来訪者の本当の名を聞いたライドウは、迷い無く、念入りに気を消す結界を貼り、3人共に建物の外壁から屋上に侵入し、死角にその身を隠した。





――― 静かな夜。

その静寂の中、ジジ…と空間が歪み、光を放つ。
一つ、二つ、と増えていく歪みを見ながら、シュラはゆっくりと立ち上がった。

シュラの周りを12個の歪みが取り囲んだとき、空からフワリと白い羽が舞い落ちる。
それを片手で受け止めて、シュラは、月のように輝きながら自分を見下ろす者を見上げた。
受け止めた羽をそっと、握り締めながら。

「……久しぶり、だね。ウリエル」
そう笑いかけられて、神の炎と呼ばれる裁きの天使は苦しげに顔をこわばらせ。
――― しばらくの後、搾り出すように言葉を落とした。

「主様……、いや、人修羅。お前を倒しに来た」

その言葉が合図だったかのように、シュラを取り囲む12の歪みが実体化し、天使の形を為す。
内一体が逸ったのか、先んじて、光のエネルギーでシュラを攻撃するが、シュラはそれをボールのように軽く片手で受け止め、放った天使を睨みつけた。

「……あのな。人が住んでるこんな所でいきなり何をするんだ?仮にも天使だろ、あんたら」

あまりにも真っ当な言。しかし、聖なる天の使いたちは、それをせせら笑う。

「お前を滅する以上に、大事などありはせぬわ」
「そうだ。このような特異点に潜んでいるとは、笑止な!」
「お前が魔力を使うと、周囲の人間達も皆、傷つくぞ!」
「他の者を傷つけたくないなら、おとなしく我らに殺されるがいい!!」

その言葉にライドウの眉が寄り、チキと得物に手が行く。その手を押さえたのはクー・フーリン。
(止めるな。あのような卑怯な者達など)
(ここで、貴方が出れば主様の苦悩が増えるだけです)
(何のことだ!……っ?)

その間に、同じく先ほどの言葉に眉を寄せたシュラから凄まじい気が溢れ出る。
その気は屋上全体を包み込み、空気を歪ませた。
(……異界?)
どんよりと濁るその大気はライドウには馴染み深いもの。

「異界化しただと?」
「バカな!ヤツ単体でか?!いったい、どれだけの魔力を持っているというのだ!!」

……騒ぐ天使たちに構うことなく。
「場の相を変えられましたか」とウリエルが静かに問う。
「ああ。これで遠慮はいらないね」と、シュラが呟いた瞬間。
シュラを取り囲んでいた12体の天使はすべて、その場にくずおれた。


倒れ付しうめく天使たちに、最強最悪の悪魔は優しく厳しい言葉を落とす。

「何をされたかも、分からない?」
「そんなに弱いのに、どうして戦うの?」
「守るべきものも無いのに、何を欲しがるの?」

ゆっくりと問いかけるシュラに、欲と憎しみのこもる24の瞳が向けられる。
その瞳にもシュラは微笑む。
「もう天にお帰り。ここの記憶さえ無くしてくれれば、それでいいから」

「黙れ、この悪魔が」
「正しいのは我々だ」
「我が見つけたのだ、この特異点を!」
「お前を滅して帰れば、天界での地位は思うがままよ!」

聞くに堪えない罵倒が、清く、正しく美しいはずの天使から溢れ出る。
その様子に、ライドウは絶句し、ロキは皮肉気に笑い、クー・フーリンは嘆息し、ウリエルは。

――― ただ、黙してシュラを見つめていた。

その背に翳る月を受けながら。


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