鵺の啼く夜 〜暗き道〜 3



この、凄まじい喪失感は何だ。

カエセ、カエセと。
頑是無い幼子のように泣き喚くこの心の惰弱さは何だ。



この、凄まじい飢餓感は何だ。

ホシイ、ホシイホシイホシイホシイホシイと。
餓鬼のように暴れまわるこの愚かな心の在り様は何だ。


「君がそれほどまでにシュラに惹かれているのは、君の中にシュラの命があるからだ」

それは、嘘では無かった。
けれど、真実でも無かった。

……そう。

違う。

僕の中に貴方の命があったから、貴方を愛したのではなく。
僕の中に貴方の命があったから、耐えることができたのだ。

――― 貴方の、存在の不在を。


ずっと、側に居たのだ。
ずっと、傍に居てくれたのだ。

貴方を忘れさせられていた、あの長い苦しい時ですら。
貴方の姿は見えなくとも、貴方の命は僕の中にあった。

だから、耐えられたのだ。あの喪失に。
この飢餓に。



――― カエセ。だと?

ああ、何て愚かな。

……間違えるな。

それは本来お前のものではない。
あの優しい悪魔が貸し与えてくれたもの。
身の内に、ふわりと暖かさを灯してくれる、彼自身のような柔らかな光。
あの優しい悪魔の命の光。


――― ホシイ。だと?

あの肌も、あの口唇も、あの瞳も、あの腕も、あの爪も、あの脚も、あの命も。
欲しい、だと?

……愚かな。

お前にそのような資格などあるものか。
己の醜さを見るがいい。
その醜いモノをあのキレイな生き物に蔽いかぶせるのか。
そして、誰にも見られぬように閉じ込めるのか。

……いいや。それどころか。お前が真実恐れているのは。




――― カツン。

そう遠くない所より、靴音が響いたことに気づき、男は思考の闇から顔を出す。



――― カツン。

聞き覚えのあるその音に、男はゆっくりと立ち上がり、態勢を整える。


「新月でも無いと言うのに」
大声で笑い出したくなるような心地に襲われながら、男は皮肉気に呟く。

「心の闇に、呼ばれて来たか」




――― カゲボウシ。


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