鵺の啼く夜 〜暗き道〜 4



「俺の、せい、だよ、ね」

暗い部屋にポツリと落ちてきた言葉を、黒い猫はとっさに受け止める。

『覚えて、いるのか』

ゴウトとて全てを理解しているわけではない。が、ライドウの内と外の在り様を見れば、大方の経緯は予測の範疇だった。だが、おそらくは記憶が無いであろうシュラは。

「いえ。何も。……ただ」
いくら俺が鈍感でも、分かりますよ。

「これだけ大量に、命数が戻ってきてるんですから」
ああ、ライドウが返してくれたんだって。

『そう、か』

この優しい悪魔に、何を、どう言えばいいのか年経た黒猫にすら分からない。
長い間ありがとう、か。返すのが遅くなってすまない、か。それとも。

逡巡するその間に、シュラは よっ、と軽く声を出して、起き上がる。
身支度を整えた後も、静かに何かをしている様子にゴウトは怪訝そうに問う。

『何を、している』
「少し、片付けて、おこうと」

寝起きのせいか、常とは比較にならぬ口数の少なさと、声音の硬さにゴウトは嫌な予感を覚える。

『……何故?明朝すれば良かろう』
「……長く、居すぎました」

噛み合わぬ会話の結論が見え、黒猫がかすかに髭を振るわせる。

『……行くのか』
「はい」
『今、か』
「はい」
『ライドウに、会わずに、か』
「はい」

『なぜだ』

そうと知った後の、不肖の後継の悲痛な叫び声が耳元で聞こえるようだ。
今のアレはきっと耐えられまい。
お前が思っているほど、アレは強くないのだと、言えれば楽であるのに。

ゴウトの問いに、ピクリとしながらも、シュラは答える。

(きら)ってもらえた、みたいです、から」

「!」

その意外すぎる内容にゴウトは愕然とする。だが、反面 納得もする。
あの不器用者のあの様子を見て、この鈍感者に、それ以外にどう受け取れと。

「もう、俺が、居なくても大丈夫、ですよ。いや、居ないほうが、多分、あいつは苦しまずに済む」

どんなに嫌だったんでしょうね。……こんな悪魔を抱くなんて。

大体が、俺が、ワカやロウや、ボウに身を任せられれば、それで、良かった話、なのに。

――― 無駄に、心や気持ちなんて、抱えているから。


シュラとも思えぬ冥き言葉。あの馬鹿の闇に引きずられたか。いや。
これは、これまで見せなかった、この者の「影」の部分か。

その片鱗だけでも怖気だつような闇を見ながら、ゴウトはこれまでで一番のお節介を焼いてやることを心に決めた。


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