夜 第五夜 「墜」



――― このように恐ろしい生き物が、なぜ、存在するのだろう。
人でもなく悪魔でもなく男でもなく女でもなく少年でもなく少女でもなく聖でもなく魔でもなく。
それでいて、その全てである、この、矛盾を内包し、具現する、こんなにも、美しい。


視覚と触覚によって、身と心に他者を埋め込まれた事実を知覚した衝撃に、声も無く耐え、喘ぎ、
首をのけぞらせるその生き物は、悦び以上に色鮮やかな恐怖を男の心にまた、埋め込む。



――― 夕暮れの空が、あれほどに怖かったのは。
ああ、貴方の(うつ)ろう瞳の色だったからだと、あのときの愚かな僕は思ったけれど。


震える身体を慰めるように、宥めるように撫で上げ、触れるだけの口付け を届く箇所の全てに落としながら、男は心の内の恐怖へと墜ちる。


――― あれは、貴方と同じ。常に色を変え、遷ろう美を持つモノ。
掴まえたと思っても、次の瞬間にはもう、砕けて、跡形も無く闇の中に消え失せて。
ああ、「何も、残せない」と貴方は言った……それでも、いいと、思った、のに。

そして、男は、ふと思い出す。まったく同じ属性のあの宝石と、あの時の幻魔の言葉を。

「……シュラ」
――― 教えて、ください、
「貴方が、僕に、くれた、あの宝石の名を」

悪魔の身体がびくりと動いたのは、その質問の故だったのか。 それとも身の内の彼が甘く緩やかに動き始めた故だったのか。

「虹、め、のう?」
甘い揺れに耐えて、返す答えは男の望むものでは無い。
外国(とつくに)、の言葉、では?」
「……っ」

返答に迷ったのか、快楽に惑ったのか、言葉を詰まらせる悪魔を残酷に揺らし、 耳をなぶりながら、執拗に男は答えを欲しがる。

「教えて、シュラ」

「……I(アイ)
ゆっくりと、アルファベットを唱えるそれは喘ぎ声と同化して、男を煽る。
R(アール)
I(アイ)
S(エス)

「……IRIS(アイリス)?」
揺れを止め、その音を確かめると。
堅く閉じた瞳が開き、赤い色が混じる金の光が男に向けられる。

どこか傷ついたような、それでいて深く安堵したような色合いに、違う、と男は直感する。
それに気づいたか、続く単語が一息で告げられる。

AGATE(アゲート)
「AGATE?」
「めのう、って意味」
「では、IRISは」
「……虹」

それきり、口も目も閉ざした悪魔を。己の無力さに喘ぐ男は責め苛んだ。


――― 墜ちて、ください。
そうやって、貴方が、貴方の秘密をくれないのなら。僕を置き去りにするのなら。
僕の居るところまで、墜ちて。どうか同じ生き物に。そして。
どうか僕に溺れて、僕なしでは生きていけないと、言って、ください。
僕が、貴方に、そうで、あるように。


腰を揺すりたて、悪魔の内の弱いところを責める。
のけぞった悪魔の胸の蕾を捕らえて、指と唇と舌で責めたてると穿たれた部分が ひくりと蠢きだすのが分かった。



――― 「堕」ちろ。
地獄の底に居る貴方より、深く「堕」ちた僕のところまで。
そして囚われろ。
最強最悪の悪魔である貴方より、遥かに醜く汚らわしき業を為す、僕の腕に。


残酷に弄ばれて紅く色づいた胸を名残惜しげに解放し、のけぞる身体を 引き寄せると、より深くなった繋がりに悪魔が首を振って耐えるのが見える。そのまま左腕を回して、 頭を固定して口付けながら、右の手を繋がりあう下腹部に触れさせ、交じり合う体液を絡め取った。



これで堕ちなかった「雌」は居ない。

どうか。消えないで。

狂え。狂って、縋り付いてくれば、いい。

僕から、離れないで。

溺れろ。溺れて、もっと、もっとと強請ればいい。

もう、どこにも、行かないと、言って、ください。




止まらぬ愛しさと、失う恐怖に我を忘れた男は、蜜をまといつかせたその指を、ぬちゃりと
先ほど愛しんだ菊の門へとねじ込んだ。

――― その、深い繋がりを解かぬままに。






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