夜 第拾五夜 「癒」



力の抜けたライドウの両の手から、つい、と刀が抜き取られる。
傍に転がっていた鞘に、パチンとその刀身を収めた後、再び悪魔は人間に向き直った。

目を逸らすことを許さぬその赤い輝きに見竦められて。
ライドウは、これまでその瞳からは感じたことの無かった類の、恐怖に、襲われる。

――― 怖い。
今度こそ、嫌われた。
もう二度と愛してなど、もらえるはずも。


「……瑕、見つかった?」
え?
「お前の痛いところ、見つかった?」

普通に話しかける彼に、呆然として、でも、ゆっくりと、肯く。


――― 思い出した。

昔のこと。自分のこと。母様の、こと。
あまりに辛くて、悲しくて、痛くて、封印して。
でも、だからこそ。ずっと、治らなかった。瑕。
自分では、そのことすら気付かないで。そして、きっと不完全なままに、ここまで。

くす。
「まあ、結果的に荒療治になったけど、これで良かったのかもしれないな」

何事も無かったかのように微笑む彼が、信じられない。
荒療治、って。では、初めから、何もかも貴方は知っていて。……そんな。


「……にしても、あー苦しかった。人間体だったから、思わず仮死状態になっちゃったじゃん」

ホントお前、いーかげんにしろよ。俺、殺されかけたの、本日3回目だぞ!!
仏の顔も三度って言葉知ってる?……ああ、俺、悪魔か。
じゃあ、悪魔の顔も四度だぞ!コラ!!

凍っていた心が徐々に溶けて、何だか笑いたくなる。泣きたくなるほどに。
一体、どこにそんな優しい悪魔が居るというのか。
……ここに、居るのか。


「んーと。じゃあ、思い出したこと、言ったほうが楽なら、そうしろ。……聞いてやるから」

「そして認めて」
――― 己の弱さを。

「とっとと癒せ」
――― 己の瑕を。


そう言われて、なお、躊躇う、僕は、弱い。
「言えば、貴方は、きっと、僕を、嫌いに、なります」
声の震えが止められない。……何て、惰弱な。

……はあ?と、心の底から呆れたような声が返ってくる。

「あのね。本日3度も殺されかけて、まだ傍に居る相手に言う言葉が、それ?」
つーか、ボルテクスの回数も入れれば、5回目じゃん。追いかけっこの的殺も入れれば、うわ。
てめー、何度俺を殺せば気が済むの?ホント鬼畜。何で、こんな鬼畜がずっと好きなんだか。俺。

え?
「今、何て」

しまった、という顔をする悪魔にライドウは追求を止めない。
「もう、一度、言って、ください」

「あーっと。だからさ」
くそー今日は言葉は やらないつもりだったのに。こういうときだけさっさと復活しやがって。
ホント詐欺師だ、コイツ。と悪魔が頭を抱え。やがて。

じゃあ、全部まとめて言うぞ!
開き直ったように、ロマンチックの欠片も無く、悪魔が半ば自棄のように告白する。

「俺、お前のこと、ずっと好きだったから」
「お前の欠落が埋まるまでは、傍に居るから」
「できるだけ、早く、その瑕、治せ」

嬉しくて、でもその言葉の裏にある事実が哀しくて、卑怯だと思いつつも、人は確認を取る。
「もし、治らなければ、ずっと、傍に居てくれますか」

そう聞かれた悪魔は、しばらく沈黙をして、やがてポツリと言葉を返す。

「……なあ、ライドウ」
「はい」
「本当は、お前も、もう気付いてるんだろ?」
「……」

そして、人の卑怯さは、予想通り、痛みとなって己に返る。

「俺が、この世界では生きていけないってことを、さ」




痛いのはその言葉よりも。

諦めたような、貴方の。

――― 悲しい、笑顔。



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