――― 愛して、います。シュラ
擦れた声で、その言葉が唱えられ、残酷な揺れが寸断される。
促されて、薄く眼を開いた悪魔の赤い瞳に映るのは。
月に照らされる「夜の王」の白磁のペルソナ。その面の裏にあるのは支配の黒か欲情の赤か。
愛して、います。
触れるか触れないかの位置で唇に、耳朶に、首筋に、落とされていく言葉。
俺も、と動きかける唇を悪魔は止める。
悪い、けど、俺の想いは、それほど惰弱じゃ、ない。
お前に必要なのは、俺みたいな醜い悪魔の愛じゃ、ない。
だから、あの時、「大オジから聞いた花言葉」は。
俺だけの、ものだよ。ライドウ。
お前はこれからお前に相応しい人に出会って、その人を、愛して、生きて、いくんだから。
◇◆◇
――― 何度、僕が「その言葉」を告げても。
どんなに、「それ」を、願って、深く、強く触れても。
貴方は僕が一番欲しい言葉だけは、くれない。
分かってる。これは、自惚れではなく。
貴方は、言わないのだ。その言葉を。
……僕の、為に。
僕が、貴方を、諦めて、忘れて、生きていけるように。
でもその優しさは、いつも。
何て、残酷な。
言の葉にできぬヒトの葛藤は、悪魔の身体に絡みつき、その感覚を思考を想いを追い詰めて。
時間をかけて、もう一つの隠された願いを暴く。
「……っ。だ、だめ、もう、ダ、メ。……や、いやぁ、たす、け、て」
救いを乞われて、人は悪魔を愛する動きをゆっくりと強めていく。
「や、やぁ。い、いいっ……あ、あぁ」
未知の領域に足を踏み入れて、悪魔が己の制御を手放すのを、ヒトは優しく見守り。やがて。
「お、ねが、い。ライ、ドウ」
切望し続けた、悪魔の真実の言葉を得る。
――― 貴方の願いなら、どんなことでも。……この繋がりを解けと、いうこと以外なら。
「あ、あぁ。ね、ねぇ、おねが、い。い……っ」
――― 言って、ください。何を、願う、のですか。
「……き、て。……い、っしょ、に」
「……ぁ……シュ、ラ……っ」
――― 熱が上がる。愛しくて、心臓が、脳髄が焼き切れそうだ。
一緒に、来て。
「どこまで、でも……っ」
貴方と共になら、この世の果てでも、地獄の底でも。
貴方が、そう、願うなら。いえ、むしろ、それは。それこそが。
……僕の、望み。
「う、ん……っ。あ、あぁああぁああぁあっぁっ」
「待……って、くだ、さい」
そして。
ヒトは愛撫を深め、口付けを降らし、動きを加速した。
封印していた望みを、うかりと落とした、嘘吐きの悲しい悪魔を追いかけて。