凄まじいまでの威圧感。傍に居るだけで震えが来るほどの邪気。
その赤い瞳で見すくめられただけで、動くこともできないほどに、強いオーラ。
ゆらりと立ち上がり、こちらを見て嗤うその悪魔は、正に最悪最強の名に相応しく。
――― それでいて。
「オレを呼ぶなんて、珍しいじゃん。ぼっちゃま?」
残酷なまでに、見慣れた表情で、聞き慣れた声で、それは笑う。
「ひさしぶりだね。ア・シュラ。ボクの『混沌王』」
恭しく跪いたその悪魔の口付けを手の甲に受けながら。
金髪の子供は、呆然とするライドウを見て、勝ち誇ったように、哂った。
「今日は何?どいつを壊せばいいの?」
そいつ強い?姑息な能力つけてる臆病者なら、オレ、キレて晩餐しちゃうからヤダよ。面白くない。
まるでゲームの内容を決めるように、楽しげにそれが言うと、金髪の子供も愛しげに目を細くする。
くす。
「わかっているんじゃないのかい?ア・シュラ」
「そう……だね。呼んでくれて、感謝するよ。ぼっちゃま」
オレ、こいつ、大っ嫌いだから。
傍らの子供と同等の、いやそれ以上とも言える憎しみが篭る瞳でそれはライドウを見やる。
何よりも愛しい者から受ける憎悪の視線に、ズキリと痛む心臓を知覚しつつ、ライドウは問う。
「……あなた、は?」
「ああ、そう言えば。ご挨拶もせずに、これは失礼を」
からかうような視線をライドウに投げて、彼は芝居がかった仕草で恭しく礼をしてみせる。
「はじめまして。十四代目葛葉ライドウ殿。オレはア・シュラ」
「あ・しゅら」
「阿修羅でも、亜シュラでも好きに解釈して。A
シュラでもいいよ。Bも
CもDも居たからね」
……ああ、でもYやZまでは居ないから、安心していいよ。
にこやかにそれは、驚愕の事実をひけらかしてみせる。
「……つまり、それは」
「ああ、多重人格ってヤツ。主人格が、お前達がシュラって呼んでるカオル。主記憶担当は俺。
後はまあ適当に。つっても、カオルが強くなる毎に吸収していったから、後はオレぐらいだけどね」
一つの人格として確立したまま、残っているのは、さ。
「シュラ、……いや、あなたの言うカオルは今」
「ん?眠ってるよ。オレが起きると、カオルは起きていられない。辛いからね」
初めて、それが心の底から愛しげな表情を見せ、そして両の手をそっと優しく自らの胸に当てる。
「オレのカオル。キレイで、優しいカオル。そのまま眠っておいで」
今、お前を地獄に突き落とした人間を、このオレの手で。
――― 殺して、あげる、から。
そう言って、ライドウに向き直ったその悪魔の闘気が一気に膨れ上がる。
動けないままのライドウ達が、余りの凄まじい質量に、死を覚悟したほどのそれは。
何かに気付いたように、ふい、と一瞬で消え失せる。
「ア・シュラ?」
怪訝そうに問う、金髪の子供にそれは笑いながら返す。
「……ああ、でも。このままじゃ駄目だよ、ぼっちゃま」
その嬉しげな無邪気な残酷な瞳は、さながらかわいい鼠を目の前にした、気まぐれな猫の。
「コイツ。全回復してやって。あと、動いてもらわないと」
……面白くない、でしょ?ぼっちゃま。
そう、にこりと微笑みかけられて。
「ああ、ア・シュラ。ホントにおまえは」
ボクを愉しませるのが上手
だね。と。
子供は満足そうに笑い、彼の願いを、叶えた。