逢魔ガ時 6



――― 何という、悪夢だ。

「ハハッ!やるじゃん、悪魔召喚師!」
凄まじい速さで繰り出される連撃を、ことごとくガードではじき返すライドウに、ア・シュラは心の底
から楽しそうな顔で笑いかける。

――― その、笑顔は、シュラと全く同じなのに。

くす。
「でも、防戦一方?オレを舐めてるの?悪魔召喚師」
蹴りを入れながら、手に力を集めるのが見える。

……魔法攻撃か!

瞬時に受身を取り、防御を固める。
くすくす。その様子を見て、無駄な攻撃を止めた悪魔がまた、笑う。……「彼」と同じ、声で。
「お上手。いや、楽しいよ。お前。人間の中ではサイコーの部類」


続けざまに、愉しげに攻撃を繰り出しながら、そのア・シュラは嗤う。
おそらくは戦いを長引かせるために、手加減をしているであろうそれは、しかし、そうとはとても
思えぬほどの、凄まじい破壊力を見せる。

これが、シュラ本来の力か。普段はその強く優しい精神力で抑えている、真実の。
なるほど、闇の勢力の切り札とされるのも無理は無い、とゴウトは唸る。
しかし、ライドウとて悪魔召喚皇、「本気を出せば」渡り合うことは不可能では無いやもしれぬ。
……だが、と、また、黒猫は唸る。
天と地が引っくり返っても、この愚か者には「それ」はできまい、と。


「ホント、お前、弱くはないな。それは嫌いじゃない」
いかにも「遊んでいます」といったふうに、ア・シュラは話しかけてくる。凄まじい攻撃と共に。

「何の、ことです?」
「弱い奴は嫌いなんだよ、オレ。……弱いなら、死んじまえば?、って思う」
――― いつも、弱いものを思いやって守ろうとするシュラの口から出る非情な言葉。

「お前だって、思わないか」
弱くても強くても受ける痛みは同じだ。その痛みに耐えられるか耐えられないかの違いだけ。

「俗説だけどさぁ、よく聞くじゃん」
人の女のさ、出産時と同じだけの痛みを男に与えたら、皆、死んじまうだろうって話。

「肉体面がどーのこーのじゃなくてさ、単にその痛さに脳が耐えられずに死ぬんだってよ」
こんな痛みに耐えるぐらいなら、死んだほうが楽じゃん、って逃げるんだってよ。
誰かが言ってた。生理の痛さはその練習なんだと。へえぇって感じだったよ。

「つまりさ。修行でも何でも一緒だ。強くなって、痛みに耐えられるのは」
これまで、散々痛い目にあってきたから、だろ?
じゃあ、弱い奴は、これまで痛い目にあわないで生きてこれた幸せな奴ってことだろ?

「ずっと痛い目にあってきた強い奴がさ」
どうして、今まで幸せに生きてきた弱い奴を守らなくちゃいけない?
……そしてまた強くなって、また弱い奴に利用されるだけ、なのに。バカな、カオル。

「プロメテウスって、いるだろ。毎日、鷲に(はらわた)を抉り出される神様」
あいつ強いから死ねないだろ。夜の間にまたカラダが再生されるからさ。次の日もまた同じだ。
死んだほうがましだって、思うのに、死ねないんだよ。強い奴はさ。

「なあ、ライドウ(・・・・)

「!」
ソレがはじめて、その名前を口にする。……同じ顔で同じ声で。

「強いから痛くないって思ってた?治るから平気だって思ってた?」
――― いつも笑っているから、辛くないとでも、思ってた?

「ヒトなら死ねるほど首を絞められても死ねないってさ、どれだけ苦しいか、分かるか?」
「……っ」

くす。
一瞬、緩んだガードを見逃さず、嗤って攻撃を叩き込んだア・シュラは。
そのまま膝を突いたライドウを見て、面白くない、と言わんばかりの表情に変わり、動きを止める。

「さあてと。そろそろ飽きてきたんだけど、俺、ってことは。坊ちゃまも」
……いいかげん、仲魔を喚べば?悪魔召喚師。
じゃないと、ハンデありすぎだろ?つか、悪魔を召喚しない悪魔召喚師って何ソレ?ギャグ?

「……無理です」
「何が?」
静かな声で答えるライドウに、ソレはイラついたような声で問い返す。
「僕も、僕の仲魔も」
――― 貴方を攻撃することなど、できない。
「……っ」
苦しげにソレの瞳が光り、ギリと歯が噛み締められ、やがてゆっくりと皮肉気に口角が上がる。

「ふぅん。そう」
じゃあ、さ。オレが、喚んでやるよ。
言うなり、一瞬でライドウの胸元に目にも止まらぬ動きで、腕を突き出し。
くる、と空中で一回転して、また間合いをとったア・シュラの右手には、指に挟まれた管が三本。

「出てこいよ、悪魔召喚師の僕共。愚かなご主人様を助けてやりな」
じゃないと、面白く、ないんだよ。
そう言う彼の指先から緑色の光が管へと注がれるのが、見える。そして。

……トン、ガシャ、バサと現れた三体は、苦渋の表情でライドウの傍に、付いた。

「……一体、ハズレか」
先の二体、ジークフリードとヨシツネを満足そうに見ていたア・シュラは。最後に出てきた
モー・ショボーを見て、眉を寄せ。ポンとライドウにその管を投げて寄越した。

「今のお前なら三体召喚ぐらいできるだろ。その小鳥さんは戻して、強い奴を喚びな」

どこか、解せぬ、とゴウトは思う。
「愉しむ為」と言いながら、今までのア・シュラの行動は結果的にはライドウを守る方向に傾いている。 全回復させたのも、動けるようにしたのも。……今は更に仲魔まで傍に付かせて。
これはどちらだ。楽観的に見ても良いのか、いやそう思わせることすら罠か。

「ショボー、戻れ」
経緯と理由はともかく、ショボーに関しては彼の言うとおりだと思ったライドウが命令するが。
「イヤ!」
「ショボー?! 何をする気だ!……戻れ!!」

ライドウの制止を聞かず、ショボーはア・シュラの目の前に瞬時に移動する。

「……何のつもり?小鳥さん?」
「シュラお兄ちゃん!」
「……」
「ね、元に戻って。シュラお兄ちゃん!ライドウお兄ちゃんと喧嘩するなんてダメだよ」

ふう、と、溜息をついたア・シュラが、困ったように首を傾げる。
「うん。そうだね。ショボー」
それはいつものシュラの癖、シュラの話し方。……そう、周囲が安堵した瞬間に。

くす。
「なんてさ。オレが言うとでも、思った?」
「戻れ!ショボー!!」

凄まじい殺気を感じたライドウが、命じる声は、しかし間に合わず。

「だから言っただろ。……オレは、弱い奴は嫌いだって」

と、ソレは感情の篭らない声で呟いた。



――― 紅く染まった妖鳥の羽根が舞い散る中で。





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