逢魔ガ時 7



夕闇が深まる異界化されたその地の、どこかセピア写真のような風景の中で。

「ああ、すばらしいよ。ア・シュラ」
何て、残酷で、美しい、光景なんだろうね。
目を輝かせ、嬉しそうに感嘆の声をあげる金髪の子供に。
血に染まる羽根を背景に、その赤い瞳の悪魔は恭しく、会釈をして、みせる。そして。

「おいで、クー・フーリン」という言葉に表れた自らの僕に
「目障りだから、片付けて。コレ」と、足元に横たわるそれを足でコツンと蹴り上げ。
どこか無表情に「は」と答えた白い幻魔は、ショボーを抱き上げ、そのまま姿を消した。

それを見送って、その悪魔は再びライドウへと、その残酷すぎる笑顔を向ける。

「さて、そろそろ、本気出してくれるかな。悪魔召喚師」
もう、いいかげん、観念しなよ。お前が死ぬまで、カオルは目覚めないよ。



◇◆◇



「嬉しいぜ!アンタとは、一度本気でやりあってみたかったんだよ、シグルズ!」
「……そのお言葉には賛同いたしかねます」
未だ茫然自失の態のライドウを庇うように、ア・シュラの攻撃を受け止めたのはジークフリード。
シグルズとは彼の異名。かの国の文化に詳しいシュラが、愛称として呼んでいた、名。

その間に、ヨシツネはパシとライドウの頬をはたく。
「しっかりしやがれ!アレはシュラじゃない!分かってるんだろ?お前!!」
いい加減に目を覚ませ!それともアレにお前を殺させる気か!!もしそんなことになったら。
「シュラに戻ったとき、あいつがどんな思いをするか分かるだろうが!……戦え!!」


ガキン、とシュラの攻撃を、ジークフリードの魔剣ノートゥングが受ける。
「どうか。攻撃をおやめください。貴方とは戦いたくはありません」
「そう言うな。ま、確かにオレはカオルよりは遥かに弱いけど、それなりに楽しいぜ」

弱い?!
……遥かに?
――― これで?

周囲に走った衝撃に、ア・シュラは困ったように笑ってみせる。誰かと同じ表情で。
「あれ、何?この意外そうな雰囲気。……副人格のオレがカオルより強いわきゃ無いだろ」
アイツは本気を出さないだけだよ。出す必要も無いからね。

そして、ア・シュラはジークフリードにとって不吉な言葉を吐く。
「シグルズ。ハーゲンはこう言ったよな。『このカラスのささやきも おまえに分かるのか?』ってさ」
そう言いながら、発動させた技は。

――― ジャベリン・レイン

……その技ならば、傷を負うことは無いと一瞬気を緩めたジークフリードに襲い掛かったのは。
しかし。
「何!これは!!」

側面からの蹴攻撃によるものではなく、雨のように上方から降り注ぐその攻撃は、確かに。
「ゼロス・ビート?」
「くっ!卑怯な!」

油断して防御が遅れ、唯一の弱点である肩と肩の間に攻撃が入った不死身の勇者は、ガク、と
その場に膝をつく。攻撃の余波を受けたライドウ達も無傷ではない。

「……あー。まーた、やっちゃったー」
だが、しかし、その緊張した戦闘の場面にそぐわない、呑気な声が響く。

くすくす。
「これで、なんかいめ?ア・シュラ。ホントにキミはワスれっぽいね」
「いや、ぼっちゃま。これはさぁ、何度も言うけど、絶対オレが正しいって!」
何で、「槍の雨」なのに蹴攻撃なの?絶対、こっちがジャベリン・レインだよ!あーでも、悪ぃ。

「ちょっと来て。ピクシー。こいつらに、メディアラハンよろしく」
悪い悪い、仕切りなおしさせて。技の名前、間違っただけだからさ。わざとじゃないし。

むぅと唸るゴウトと、あくまで愉しませる遊戯であるのか、と眉を寄せるライドウ達の前に現れた、
どこか哀しげな瞳の小妖精はライドウ達に全回復魔法をかけ、すぐにまたふわりと消えた。

そして。やがて「誰かを愉しませる為の遊戯」という名の戦闘は、終わりを告げる。



◇◆◇



「さて。そろそろ、終わりにしようか。悪魔召喚師」
全ての仲魔を戦闘不能にしたア・シュラは、どこか無表情にライドウに語りかける。
「何か、言い残すことがあれば、聞いてやるよ」

もはや、その覚悟を決めたライドウは、しかし、唯一の心残りを思い出す。
「……では、最後に一つ、教えてください」
「何?」
「アヤとは、誰ですか」
「!」

初めてそれが、心の底から驚愕した表情を見せる。

「どうして、お前が、アヤの、ことを、知ってる」
「……カグツチ塔の、CURSEの煌天時に、シュラが」
「ちっ」
CURSEか。道理で俺の記憶バンクに無いはずだ、と。忌々しげにそれが言う。

「……アヤは、アヤメの略。アヤメは、カオルが、これまでに唯一、心を許した相手だ」
ああ、そういえば、お前確かにどっか似ているな。アヤに。
それでか。お前なんかに心をやっちまったのは。くそ。

ポツリと零す言葉に混じる苦しげな色を見ながら、更にライドウは問う。

「その、人は、どうなったのですか」
「人?」
……く、くっ。く、は、ハハハっ!
堪えきれないようにア・シュラは笑い出す。

「ハッ。アハハハハッ!!お前、そっか、知らないよな。知ってるはずない」
「いったい、何の」

反応の不可解さに再び問うたライドウに返されるのは。

「アヤは、猫だよ。大叔父ン家に居た猫。寿命が来て、カオルを残して去って行った猫!」
「『 …… 』」
その哀しすぎる答えにライドウとゴウトはただ沈黙する。

「……あん?笑わないの?ほら、ゴウトさんもさ、『猫かよ!』とか言わないの?」
『……ア・シュラよ』
「何?」
『それが笑えるほど、我らは心を持たぬ生き物では無い』
「……」

それは闇色の孤独。空ろすぎる虚。
僕達が知っているだけでも、貴方の周りにはあれほどに貴方を愛する仲魔たちが居たのに。
きっと受胎前には、貴方を愛した人もたくさん居ただろうに。
それでも、貴方は、その優しい心に、たった一匹の猫しか住まわせることができなかった。
でも、どうして。

「どうして、そこまで、心を閉ざして」
「……お前さぁ。あの夜にさ、不思議に思わなかったか?」
ホント、ムカつく。自分一人不幸みたいな顔しやがってと、憎憎しげにア・シュラは言い捨てる。

「何のことを?」
「あー、くそ。ねー、ぼっちゃま、ちょっと精神攻撃やっちゃっていい?オレマジでムカついた!」
「……スキにするといいよ。おもしろそう、だしね」
ご機嫌そうな少年から許可を得たア・シュラは、今までで最も酷薄な笑みを浮かべた。

「どうせ殺すんだ。教えてやるよ。それを聞いて、せいぜい苦悩しながら死にな」


――― なあ。悪魔召喚師。
と、ソレは無表情に語りかける。

「お前、母親を殺されたんだよなぁ。ケダモノに襲われて」
お前自身も汚されて。
「で、その時に力が目覚めて、お前だけ助かったんだったよな」
それ聞いたときの、カオル。どうだった。
「平気だったろ。それがどうしたって感じだったろ」
……それでお前が汚いなら、俺はもっと汚い。って、言ってたろ。

覚えている。確かに、そう言っていた。……何のことかと思ったけれど、すぐに彼が話を変えて。

くす。
「お前って結構、想像力貧困だよなぁ」
カオルが母親のこと、話しただろ。自分の能力のことも話した、だろ。
「なあ、母親をいびり殺された後に残された、一族で最高の潜在能力を持つ小さい子がさ」

――― その、母親を殺した連中に、どんな扱いを受けたかぐらい、想像、 つかなかった?



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ジークフリードとジャベリンレインについての説明は以下反転

ハーゲンとはジークフリードを騙して殺した相手。「カラス〜」の台詞の後に彼の唯一の弱点である
背中の肩と肩の間を刺して殺すのです。ジークフリード話は諸説ありますが、真Vのロキの特殊会話
から、どうやら@ラス的にはワーグナーの「ニーベルングの指輪」を元にしているように伺えたので、
そこから引用しました。ちなみに、シグルズとは「ヴォルスンガ・サガ」での彼の名前。
あとジャベリンレインはDDSATと真Vをされた方なら言うまでもないネタでございます。