逢魔ガ時 9



初めて見たときは、目を疑った。こんなニンゲンが居るのかと。

透き通った、とてもキレイな魂に内包された、ただひたすらに澱む、闇色の虚空。
諦念の中に澱む憎悪。慈しみの奥に潜む怒り。優しさの裏で叫ぶ残忍さ。
死を望みながら生にしがみつき、何もかもを諦めながら全てを求め続ける哀しい生き物。

「すぐに、わかったよ。……ああ、キミがボクを、このジクウによんだんだ、ってね」

――― 君の体中に、心一面に、その流れ続ける血と涙で描いた、美しい魔法陣で。

「欲しい」と思った。光と闇をその内で(はら)(はぐく)み続ける君こそ、混沌の王に相応しい、と。

だから、あの男に受胎のきっかけを与え、あの女に君を病院へと呼ばせた。
あの少年も、あの少女も、あの彷徨い続ける魂も。
そして、この目障りな黒いサマナーも。
全て、君を、手に入れるために。
僕たちが、準備した、もの。

愛おしそうに自分の髪を撫でる、小さな手を視界に入れながら、ア・シュラは話を続ける。

「話は戻るけどさ。カオル自身は、そんな記憶の詳細は覚えていないんだよ」
オレが、隠したから。だって、そんな記憶丸ごと抱えてたら、優しいカオルは壊れる。

「でも全部隠すと、歪みが出てそれも困るから、おぼろげには分かってもらってる」
何があったか、何をされたか。って。

「だからカオルは他者も、その愛情も信じられないし、深い接触は極力避けたがる」
覚え、あるだろ?マグネタイト、受け取ろうとしなかった、だろ。
お前の片割れからは受け取れたのは、アイツの愛情が自分に無いと信じていたからさ。

(……本当は、あの「夜」だって、気が狂うほど怖かったはず、なんだ。
どれも、これも、昔の瑕をえぐりだされるような、行為、ばっかりだったんだから。
……こいつの為なら、耐えれたって、いうのか。……カオル)


ア・シュラの闇の声には、気付かず、ライドウは問う。
「大叔父、という人は?」
シュラが大好きだと言っていたはずの、人。

「あー。あの偽善者、ね」
「偽善者」
「うん。アイツはカオルを代替物として見てただけだよ。アイツの初恋の人と瓜二つの、同じ名前を
したカオルを。……その、昔好きだった女の代わりに愛して保護してやることで満足してた、さ」
まーそれでも。いいとこ、腫れ物扱いの他のヤツよりは、ましだったのは確かだけど、さ。

「……なぜ、そこまで、断定を」
「酔ったときに、一度襲われかけたんだよ。その女と間違われて、さ」
「!」

……な?心の中に猫一匹しか居なくても、仕方ない過去、だろ?

そう、あっさりと笑ったア・シュラは子供に軽く頭を下げてから立ち上がり。
ライドウに真っ直ぐ顔を向ける。

「……でも、それでも。カオルはあんな性格だから、それでも人を信じようとしてさ」
ボルテクスで、お前達人間にズタズタにされたんだ。
――― 放置され、利用され、裏切られ、一方的に戦いを挑まれ、撃たれて、斬られて、な。

「……仲魔たちは?どうして受け入れられなかったのですか?」

くす。
いい質問をしてくれるよな。悪魔召喚師、とソレは笑う。

「お前の言うとおりだよ。ああ、仲魔たちは優しかった。優しかったよ、だからこそ。余計に」

カオルは絶望したんだよ。人は悪魔よりも醜いのかって。

いいや、違う。自分が汚いから(・・・・・・・)、人は皆、自分から離れていくんだって。

「自分が醜い悪魔だから、この美しい人間は何度も自分を殺そうとするんだってなあ!」

そして、絶望したアイツは暁の悪魔と契約を交わしたんだ。
自分を殺そうとしたお前達を、その悪魔の手の内から逃がすために。
真の悪魔にでも何でもなってやるから、お前達は元居た場所に無事で返せって。
自分には何も無いから。どうなっても、もう同じだから。だから、もういいと。
……体も心も、好きなようにしていい、と。
オレの大っ嫌いな、あの笑顔で契約をして、しまいやがった。
その気になれば、新しい世界の創造主として、やり直すことだって、できたのに。
あんなに、「オレたち」が止めたのに。聞き入れもせずに……ああ、そうだよ。

「お前が、カオルを真の悪魔にしたんだよ!お綺麗な悪魔召喚師!!」

ザクリと、心臓が切り裂かれる音をライドウは聞く。
それは、どこかで、気付いていた事実。
あの時。「――― 父上(・・)、約束ですよ」という彼の言葉を聞いた時から、どこかで。もしかしたらと。
……彼は、僕の身代わりになったのでは、無いのか、と。

ライドウの衝撃に、もはや頓着せず、ア・シュラは搾り出すような声で言葉を落とす。

「でも、……もう。いいさ。お前はオレが楽にしてやるから、さ」
だから。
「ぼっちゃま。オレの最後のお願い(・・・・・・・・・)だ。もう一度だけ、こいつ回復させて」

嬲り殺したいんだ、と、瞳を光らせるア・シュラの願いを、軽く微笑んで、子供は叶え。
癒しの光に包まれる十四代目を、(やはり、そう(・・)か)と、ゴウトはその緑の瞳で見る。


「立てよ。悪魔召喚師」
最後に、一対一(サシ)で、勝負、させろ。……本気で来い。

そしてその憎悪に満ちた赤い瞳を見ながら、ゆっくりとライドウは立ち上がる。
これが、最期の「罰」なのだと。心に言い聞かせながら。




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