逢魔ガ時 10


もう二度と、人として、見てもらえないなら。
誰一人として、人が優しくしてくれないのなら。
自分が悪魔になることで、この美しい人が救われるなら。
うん。もう、それでいいよ。閣下。だって、人としての俺の中は、もう、ずっとずっと。
空っぽだったんだから。

……ね、アヤ。
俺の、何も無い、だだっぴろい部屋には、いつも。
お前だけしか、居なかった。よね。






「オレがっ!」
攻撃をしかけながら、ア・シュラは叫ぶ。

「ずっと、ずっとオレが。オレだけがカオルを守ってきたんだよっ!
お前が、人のお前が、カオルを悪魔だって決め付けて斬りかかってきやがったときも。
その銃の弾を何度も何度も撃ち込んできたときも。悲鳴をあげるカオルを守ったのはオレだ!」

……なのに。どうして、お前なんかに、何もかも。

キン!と深く、打ちかかる攻撃を、寸でのところで、ライドウはかわす。
と、それを見切っていたように回し蹴りが入り、それを刀の鞘で止める。

「お前さえ、居なければ!」

――― 怖い、と言っていた。

アイアンクロウが鼻先をかすめ、抜いた鞘で防御する。
その鞘を弾き飛ばし、悪魔が憎悪の気を腕に集める。

「お前さえ、居なければ。カオルが、真の悪魔になることも、なかったのに!」

――― 痛いのは、もう嫌、だと。
あれは、あの悲鳴は。

マグマ・アクシスの炎を、外套で避け、
連続して畳み掛ける連撃を刀の峰で受ける。

「自分一人、痛い気で居た?一般人(パンピー)には、修行したお前の辛さなんか分からないだろうって?」

――― ああ、シュラ。
貴方が僕の瑕に気付いてくれたのは、貴方がもっと深い瑕を持っていたからだと。
どうして、僕は。今まで。
気付きも、しないで。ただ、甘えて。

一方的な、それでも、技の極めたモノ同士の攻防を、金髪の子供は目を細めて見る。

そして、予想通り、ア・シュラの凄まじい攻撃に、ライドウはやがて追い詰められ。
ガキリと、ライドウの耳元の壁にその悪魔の爪が突き刺さり、赤い瞳が目の前で美しく輝く。

――― こんなときですら、貴方は僕の目を離させないほどに、キレイなのですね。

貴方になら、殺されても、本望だ。
けれど。
このまま、こんな形で僕が死ねば、きっとまた、貴方は苦しむ。

すい、と、退魔刀の切っ先の向きを変えるライドウにア・シュラは眉を寄せる。

「何をする気?」
「貴方に、僕は、殺させません」
「どう、いう、こと?」
くすりと笑って、ライドウは目の前の愛しいモノの形をした悪魔に口付ける。

「な」
驚いて、一歩退くア・シュラにライドウは微笑む。

「僕は、自分で望んで死ぬのですよ。だから貴方は」
もう、これ以上、苦しまなくて、いい、です。

言うなり自らを貫こうとしたソレは。しかし。
「……なぜ、止めるのです」
緑色の光を放つ、悪魔の手で、止められる。

でも、返された言葉は。

「逃げるな、って。言っただろ。ライドウ」
あの時と同じ、優しい響きで。

え、と。思わず、顔を上げたライドウに向けられるのは。

いつもの、困ったような優しい、愛しい「彼」の笑顔。



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