逢魔ガ時 11


「……シュラ?」
この気は、この笑顔は、間違いない。本物の。

「うん。ごめん。辛い、思いさせて」
「ほん、とうに?」
「うん。あ、でも、ちょっと待ってて。ちゃんと、吸収しないと戦えない(・・・・)

そして、ライドウの前でシュラはア・シュラと入れ替わってみせる。
コインの両側をくるりと回すように、いとも鮮やかに。

「ぎりぎりセーフだな。さっきはマジで焦った。コイツ自殺しようとしやがるし」
「うん。俺も物凄く焦った。お陰で思わず出ちゃったけど、ちょうど、だったね」

「しかし、長かったー。いつバレるか、冷や冷やしたよ。で、やっと、ご到着?」
「うん。気を感じたね。とりあえずは、もう大丈夫」

「まったく、世話の焼ける。あのバカ様。肝心なときに役に立たないっつーか」
……くす。「それより、ごめんね。辛いこと、やらせて」

「辛いのは、お前だろ。オレはやりたいようにしただけだよ」
「……ありがと。ア・シュラ」

「お前こそ、いいのかよ。時間稼ぎの為とは言え、色々言っちゃったぞ。オレ」
「あれぐらいしないと絶対にバレてただろ。それに、どうせ、一緒、だよ」

(……また、忘れさせる気か)
「……」

「まー、お前がソレで良ければオレはいいよ」
「ありがと……じゃあ、もう還ってきて」

「……もう、平気?カオル?」
「うん。ごめんね。今まで、一人で苦しませて。でも、これからは」

「……うん」
「ずっと、一緒だから。ア・シュラ」

「そう、だね、カオル」

(君が一人で抱えてきた瑕を全部、俺に還して?
もう、大丈夫、だから。
こいつを失う以上の痛みは、もう俺には無いから。平気だよ)

(……くす。
ほら見ろ。お前を「真の悪魔」にするのは、やっぱり、こいつじゃないか。
……ま、もう、いっか)

くるくると回っていたコイン。異なる面を互いに見せていたソレは、ゆっくりと止まる。

まず止まった面は裏。
ア・シュラの言葉で、ソレはライドウに笑いかける。

「ぼっちゃまの気を逸らす為とは言え、いろいろ、ごめんよ。綺麗な悪魔召喚師」
いたずらっ子のような、笑顔にライドウは呆然とする。

「まー、死ぬよりマシっしょ?……あ、ショボーはクーが保護してるから、安心して」
あの血もオレのだから、大丈夫。怪我してないよ。ちょっと羽根むしっちゃったけど。
あ、こいつらは気絶させてるだけだからさ。後でピクシーにメディアラハンでもかけてもらってよ。
と、周囲のライドウの仲魔を見るア・シュラの声は優しい。

「痛くしてごめんな。でも、これで、もう全部チャラだって、思ってくれないか」
……だから、お前こそ。もう、これ以上、苦しまなくて、いいよ!
お前はオレが楽にしてやるって、言っただろ?

す、と。心の痛みが消えていくのを感じながら、ライドウはそのもう一人のシュラの笑顔を見る。

「お前のこと、大嫌いだったのも、本当だけど。でも、カオルが生まれて初めて人が愛せたのは
お前のおかげだ。だから、オレ。お前のこと。今は、そんなに嫌いじゃないよ。ホントは」

見つめるライドウの前で、ソレはまた、くるりと面を変えていく。

「あ、ずるい。こら、最後に抜け駆けしない!」
「ははは。いいじゃん。これからは。……一緒なんだろ」
「……うん。そう、だね」

「……ただいま。カオル」

「おかえり。ア・シュラ」

そして、その生き物は目を閉じて。ピタリと動かなくなった。
くるくると糸を吐き出していた幼虫が、蛹に変わったように。


やがて、その場に。呆然としたような、幼い声が響く。

「ま、さか。ア・シュラをキュウシュウしたの?カオル?」
そんな。そんなコト。今まで、あれほど何度も繰り返しても(・・・・・・・・・)一度も成功しなかった、のに。

驚いたように名を呼ぶ子供に、その生き物は瞑目し動かぬまま、落ち着いた声で言葉を返す。

「ね。ボウ。これって契約違反だよ。……俺を、壊したいの?」
静かに返すその声は、ア・シュラではなく、カオルでもなく、シュラ。

「ちがう。ボクは、そのサマナーをコワしたいだけだよ?!」
イラついたように叫ぶ子供。

「だから、言ってる。契約違反だよ。……で、俺を、壊したいの?」
コイツが壊れたら俺も壊れるよ?それでも、いい?

その言葉の意味が分からぬほどに子供ではない子供は憤る。
「そう、そういうこと」
「ボウ」
「もう、いい」

もういいよ、僕だけのモノにならないなら、お前なんか壊れちゃえ!

激しい癇癪の声と共に放たれた、その凄まじい攻撃の気に。
しかしシュラは何の構えも取らない。

「シュラ!」
咄嗟に腕を伸ばし、その体を抱きしめて庇おうとした、ライドウの耳に届いたのは。

……シュン、と、その攻撃の気を相殺する別の凄まじい魔力が発生する気配と。

「やれやれ。……お待たせ、シュラ」
という、のんびりとした、どこかで聞いたことのある、誰かの声。

そして。

「……遅い」
と、自分の腕の中で、どこか安心したようにその男に詰まる、シュラの小さな声。



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約束どおり、来たよ