逢魔ガ時 13


「……そもそもは、ヒトがオシえてくれたことだ」
弱く優しく柔らかいモノこそが、実は、最強であるのだと。
混沌、こそが全ての祖であり、母であり、無限の可能性を持つものなのだと。

ポツリと、何かを思い出したように、ボウは言葉を落とし。

「そうだったね。『柔弱は剛強に勝つ』とは、よく言ったものだ」
と、ワカはその言葉を拾って、返す。

『……老子、か。なるほど、故に"混沌"の王、か』
「ふふ。伊達に長生きはしていないねぇ。黒猫君」
「老子……?中国、の?」

ライドウの言に、そうだ。と、黒猫は肯き、子供と青年が言葉を落とす。

「コントンを『かおす』とヨび、フのモノとミるのは、おマエタチのイうニシのクニ」
「神の定める法の元に秩序を保つことを善とし正としたからねぇ。自然とそうなる」
西の国、西洋にとっては、東の国が持ち続けている混沌の意味を受け入れられないのだよ。

「僕たちが持つ、混沌の意味?」
腕の中の"王"が微かに反応したように思いながら、疑問を返すライドウにゴウトが答える。

『お前も知っておるだろうが、東洋ではそもそも、混沌とは悪ではない。むしろ』
全てを受け入れて産み出し育む母体であり母胎であるのだ、ライドウ。

普遍であり、絶対であり、世界そのものであり、神ですらある、概念。
他の神と異なり、明確な形態を持たぬ故に、悪魔と為して落とされることは無かったが。
『故に、西洋では、負の概念としてカオスという語で縛したのだ』

くすくす
「"それ"を認めると、西洋の神の在り方そのものが揺るぐからねぇ」

神の名の下に、これまでどれだけの血を流してきたか、認識している故に。
認められるわけも無い。その"神"が間違っているのでは無いか、などと。
"汝、殺すなかれ"の言葉をもって、他の神の信者なら平気で殺してきたモノどもが。

「でも、そうやって」
自らの"神"に合わぬものを全て負とし、悪として、排除しようとしたゆえに。

「皮肉にも、僕達の軍勢は膨大となり」
「サイセイがヒツヨウなセカイがウまれ」
「僕達がより深く「人の子」に関与できるようになった」

「「……そう、"君"や、"この子"の、ように」」

"兄弟"の声が重なったように響き。
ゾクリ、としながら、ライドウは魔王の言葉を聞く。



◇◆◇


最後の戦いに向けて、僕たちだって手をこまねいていたわけじゃない。
この子の前にも、何度も試したんだよ。
残酷な子、力の強い男、特殊な力を持つ女、それはもう、様々な素材を様々な形で。

神が我々を差し置いてまで創造した「人」の力を見定めるために。


でも、途中で気づいた。
いわゆる「強い」と受け止められているモノは、実は大して強くない、ということに。
いや、その「強い」という概念すら、実は偽造されたものではないのか、とね。
西の国に生まれた"神という概念"を守るために、ね。

だから、東の国で探してみたのだよ。違う概念を持つ「強さ」を。
そして、見つけた。……「混沌」を。
その、老子とか言うモノが語る「道」を。

それは、正しかった。
弱く優しく柔らかいモノこそが、もっとも強い。
慢心せず、傷つけても壊れずに、その傷を呑み込んで成長していくからね。

そして、この最高の素材をボウが見つけた。
あとは、どう磨いていくか。だ。

そう。だから、ボルテクスを利用したのだよ。
閉じたシステムでは、エントロピーが必ず増大するからね。

そして。

僕たちは手に入れた。
これほどに、美しい芸術品を。

その弱く優しい心を、何度も、何度も、数えきれぬほど傷つけて、血を流させて。
この世に二つと無い宝石を磨くように、優しく、繊細に、残酷に、研磨し続けて。

苦労したんだよ。この最高の素材にして、個としては3人目になる。
1人目や2人目も素晴らしい芸術品になったけれど、違う相手を選んでしまったからね。
ああ、ちなみに混沌王の真の意思を歪めることは、我々にも不可能なのだよ。残念ながらね。

そして、この3人目ですら、何度も繰り返した。より完成度を高めるために。

おや。なんていう目で見るんだい。ライドウ。
何て、残酷な、かい?ふふ、そうだね。彼にとっては拷問を受け続けたようなものかな。


でもねぇ。

君だって、手伝ってくれたじゃないか。ライドウ。

この子を傷つけるのを。血を流すのを。痛めつけるのを。

受胎した地で、コトワリを拓く資格のあるモノ同士が喰い合うのは分かっていたからね。
大きな力を得たこの子が、それに巻き込まれ、利用されるのも分かっていたよ。
友人だった者達に裏切られ、傷つくのもね。

でも、それだけじゃ、足りなかった。

以前に、彼と同じような半魔を連れてきてみたけど、それでもまだ絶望には足りなかった。

僕が君を見出したのは、まさに運命だったのだろうね。
そして君に依頼を出した老はさすがというべきだ。

君はこれ以上無いほどに、彼を効果的に傷つけてくれた。
人の君が、人の心を持ったままの彼を、悪魔として扱ってくれたのだから。

クスクス。ああ、ようやく、分かってくれたようだね。

そう、君こそが、この子を真の悪魔に、混沌の王にする最後の仕上げだったのだよ。

ダイヤはダイヤじゃないと、磨けないだろう。

ア・シュラが、言っていたように
君を救うために、彼は僕たちの元に自ら来てくれたのだしね。"混沌王の意思"で。

そしてついに、過去に一度も成功しなかった「全人格を取り込むこと」すら為してくれた。

……ああ、だからね。
本当に、君には感謝してもしきれないのだよ。ライドウ。




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※エントロピー増大の法則:「自然(世界)は、常に『秩序から無秩序へ』という方向に進む」

(もちろん何らかの努力によって、秩序を保つことは可能ですが、その努力によって、
また他方で無秩序が発生しているでしょう?という話……平たく言い過ぎですいません)