逢魔ガ時 14


「……だから、このオトコをミノガせと?」
この最凶の魔物を誕生せしめた、最大の功労者であるから?

黙っていたボウが、ポツリと問い。

「それは、君とシュラで決めるがいいよ。でも」
彼を壊すと、シュラが壊れる、というのは、シュラの「はったり」では無いよ。

そう、(うそぶ)くワカに、幼い青い瞳が憎しみを投げる。

「君だって、"それ"が分かっているから、ライドウにそこまで腹を立てたのだろう?」

――― これまで誰一人として愛さなかったシュラが、唯一愛した人間だから。


そのやりとりを見つめながら。
さすがに魔王の分体、いずれも真意が読みきれぬ、とゴウトは、唸る。
これは、シュラの回復を待つ為なのか、ライドウを追い詰める為なのか、はたまた
他の目的も含めているのか。……いずれにせよ。一介の人間には余りにも荷が重過ぎる、と。


やがて

「……まさか、全て」
先ほどから、身体の震えが止まらぬ男は、魔王に問いかける。

ボルテクス、だけではない。帝都でも。
彼を追い詰める、為に。その為に。僕を。
効果的に、彼を傷つけ、苦しめる材料と、して。
間を見計らっていたかのように、遅れてきたのも。
今、こうやって、彼の前で僕を糾弾していることも、何もかも。

おや、何のことかな、と、ニィと笑う"兄"を見て、"弟"は溜息を吐く。……悪趣味な、と。

「まあ、でも、ライドウ。この子と違って、君は壊れたら壊れたでとても魅力的だと思うのだがね」
君が壊れるとこの子も壊れるのだから、仕方ないね。
この子は、壊れるとその価値は減ってしまうから。

……ねぇ、ライドウ。キミも、そう、思うだろう?

白い雪だからこそ、誰よりも先に、その白さを踏みにじりたくなるのだと。
儚い花だからこそ、自分の手で咲かせて、美しく残酷に散らしたくなるのだと。

キミだって、そう、思って、この子を抱いて、いただろう?

「……っ」
言葉を詰まらせる悪魔召喚師を見て、満足そうに笑う"兄"を。
また "弟"は呆れたように見る。

「……ホントウに、おマエは。……セイカクがワルい」
そうやって、じわじわと、袋小路に獲物を追いやって楽しむ趣味は、僕には理解できない。

くすくす。
「君こそ、直接的(ストレート)すぎるのだよ。うっかり殺してしまっては元も子も無いだろう」

「……シタガわないモノはコワせばいいんだ」
「まあ、そうだけれどね。でも、この僕たちの最高の芸術作品にも、同じことが言えるかい?」

――― 見たくは無いかい?全てを取り込んだ混沌の王の誕生を。

ああ、ほら、もうすぐ眼を覚ます。
見てごらん。これまでで、最強最悪の、最高の魔物の羽化だよ。

魔王の言葉に誘われたかのように。
ライドウの腕の中で、ひくり、とその身体が動く。

やがて。
ふる、と震えた睫毛がゆっくりと開き、その瞳は灰色から金へ、そして赤へと変じ。

その「赤」に映りこんだ、心配げな黒い瞳を見返して、ふわり、と笑い。
腕を伸ばし、どこか苦しげに歪んだ白磁の頬に薬指を走らせて、とん、と、つつくと。

「そんな顔をするな」
朱鷺色の口唇が、優しい言の葉を紡ぎ出す。

……俺は大丈夫だよ。ライドウ。だから、アイツの言葉でお前が苦しむ必要なんて、無い。
お前が苦しむほうが、俺は辛いよ。だから、苦しまないで。
大体が。

「しゃべりすぎ、だよ。ワカ」
俺が聞いているのを知ってるくせに、本当に性格の、悪い。

不機嫌そうに見つめる瞳を、心底嬉しそうにワカは見返し、感嘆の言葉をあげる。
「……キレイになったね。ここまでキレイな君は初めて見るよ」
ああ、そんなに睨まないで。嬉しくて、どうかなってしまいそうだよ。

そのどこか怪しげな香りのする賞賛に、ひとつ呆れたような溜息をついて。

「ありがと、ライドウ。もう、大丈夫だから。離して」
腕の中でニコリと笑うシュラにライドウは戸惑う。

それはこれまで見ていたモノとは全く違う生き物。
震えるほどにキレイで、信じられないほどに強い。その能力値はもう、人ごときには測定不可能。
知らず、ぞくりと、微かに震えたライドウの腕を、少し寂しげに優しく振りほどくと、シュラは
ゆっくりと立ち上がり、ボウの方へと視線を向けた。

「ボウ」
「……なに?カオル?」
目を細め、眩しいものを見るような視線で、子供は返す。
認めたくはないけれど、確かに今までで一番美しいね、と呟いて。

「違うよ。ボウ。俺はもう、カオルじゃない。シュラだ」
もう、そんな"弱い"名前は要らない。

にこ、と笑うシュラからは、沸き出ずるように、鮮やかな闘気が立ち上る。

ソレを見て、また。美しいね、本当に、と呟いた子供は、その故を問う。
「ナニをするキ?……シュラ」
「俺を試して」
「タメす?」

うん、とコクリと無邪気に答える彼の闘気はとどまるところを知らぬように膨張していく。

「俺と本気で戦って。そして、もし俺が勝ったら」
二度と、ライドウには手を出さないで。直接、間接、どんな手段であろうとも。

闇が濃くなりつつある異界の中で、紅い瞳がその強い意思を表して光る。

「オモシロい、ね」
青い瞳が、呼応するようにその光を返したのを合図として。

「じゃあ、イクよ、ボウ」
ワカ!ライドウ達にバリアーよろしく!
どこか楽しげに、そう言いながら、彼は、戦闘態勢に入る。

「フフ。ホントに、君は、魔王づかいが荒いねぇ」
こぼしながらも、放たれたワカの魔力はライドウ達の周囲に、何をも通さぬ膜を作る。

そして、その守護の内より、ライドウとゴウトは見る。

魔王の最強の分体である子供と、その最高傑作である悪魔の、美しくも恐ろしい究極の戦いを。


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究極の親子喧嘩