逢魔ガ時 15


断続的に響く破壊音とまばゆい輝き。
人の視力では捉えることのできぬ速さでの応酬は、地響きを起こし、激しい風を発生させる。

くすり、とワカの青い瞳が弧を描くのに気付いたライドウが問うように顔を上げると。
見た目はシュラが押されているよ。……見た目はね。

そう、答えられて。
え、と思った瞬間に。
唐突に静寂が訪れる。

シジマの中に、現れたのは全身を血に染めた彼、と、ほぼ無傷な、それでも息を荒げた子供。

「キミ、が、ここ、まで、やる、とはね」
そう、楽しげに笑う子供の瞳の色は、どこか、とても優しい。

「でも、そろそろゲンカイでしょ?」
止めたいなら、いつでも止めてあげるよ。……君の(・・)、ためなら。

その優しげな言葉に全く頓着せず、腕にしがみつく赤い液を邪魔っけに振り払ったシュラは、
フ、と笑って、真正面から子供に向かって走る。

「ムボウとユウキは、ベツモノだよ。シュラ」
笑った少年から放たれた気は、攻撃の気を集めていたシュラの右腕を切り刻む。

「……っ」
びちゃり、かちゃり、と飛び散る血と肉と、骨の破片。

だから、言ったのに、と微笑む子供の笑顔は、だが。
それに退くどころか、笑ってシュンとスピードを加速したシュラの動きに驚いて、静止し。

「お見事、シュラ」
ワカが感嘆の声をあげた時には。

左腕の先を魔力で作った刀と成したシュラが、坊の背後を取り、彼の首にその刀を。
押し当てて、いた。



◇◆◇

「……テを、ぬいていたんだ、ね」
僕を油断させる、為に。わざと傷を作って。

ポツリと落ちる幼い声は、むしろ嬉しげだ。

肉を斬らせて、骨を、ってところ?
――― 大したものだよ、シュラ。
本当の君は、こんなにキレイで、強いんだね。
ああ、本当に、嬉しいよ。最"期"に、本当の君に逢うことが、できて。

「いいよ。そのまま、ボクをタオすがいい」
どうせ、滅せられれば、ワカとロウのところに同化、するのだから、……同じ、ことだ。

諦めたように青い眼を閉じる子供の頬に、後ろからそっとシュラは唇を掠めさせる。

「シュラ?」
「……俺が、貴方に感謝してるのは、ホントだよ。ボウ」

左手に刀を、右手に血を。一瞬もその闘気を逸らすことなく、それでも。
混沌の王は、唇に柔らかな優しさを生む。

――― だって。

ライドウに、逢えた。

ずっとアヤしか、愛せなかった空っぽな俺が。
たった一人の愛しい人を見つけることが、できた。

……アイツにとっては、いい迷惑だった、だろう、けど。
紛い物でも、錯覚でも、愛してもらえた。それだけで。


「俺は、もう、生きていけるよ。ボウ」

地獄の底で。戦いの日々で。どんなに、この心と体が切り裂かれても。もう。きっと。
「平気だ」

俺の"美しいコトワリ"が、生きて幸せに暮らしていると、思えるだけで、きっと。
どんなことでも、耐えられる。

だから。
「ありがとう。坊」

――― 俺を、悪魔にしてくれて(・・・・・・・・)


ゴウトと、ライドウには届かぬ小さな声で落とされた、その感謝の言の葉を受けて。

……やがて。

ゆるりと。金髪の子供の放つ気が柔らかなモノに変質する。


くすり。

……ああ、本当にキミは。
最強最悪の悪魔だね。混沌王。
この僕ですら、君のその優しい混沌に含めて、くれる、んだ……?

本当に僕の、負けだよ。愛しい愛しい僕の最高傑作。

――― 僕のオモチャ。


シュラの腕の中で、ゆらりと、少年の姿が揺らぎ。
気付くと、夕闇の中で、向かい合う二つの影。

「まっているよ。シュラ。……マカイで」
来て、くれるんだろう?……"後"から。

「うん。"後"から、行く。……待ってて」

微かに震える声は、何の故か。この最強の悪魔が。

それを理解する子供は、どこか悲しそうな瞳で最愛の玩具を見つめる。


……本当はずっと、僕のオモチャ箱の中に、閉じ込めて。
僕だけが、愛しんで、いたかった、のに。

「はやく、きて、ね。シュラ」

早くしないと、また狂ってしまうかも、しれないから。
きっと、また、あの人間を憎んで、しまうから、できるだけ。

分かった、と。
肯く、赤い瞳の悪魔の頬に、ひとつ、キスを残して。

地獄の魔王の最強の分体は、シュン、と、姿を消した。



◇◆◇


暫しの後。

ふ、と詰めた息を黒猫が吐き。
同じく安堵の息をつきながらも、未だ解かれない結界――― シュラはバリアーと呼んでいたか?をライドウは少し怪訝に思う。

もう、必要無い、のでは、ないのか?
それより、早く彼の傍に行って、回復しなければ、と。

思って、金髪の青年を見ると。

彼は、満身創痍で肩で息を吐く、朱に染まったシュラをうっとりと見詰めていた視線を、
少し哀しげに、ゆっくりとライドウに向け。

「悪いけれど、ここからが本当の地獄だよ」
そう、小さく、呟いた。

何のことを、と、問おうとしたライドウは、その青い視線が既に自分達の身を縛ったことに気付く。

――― な。身体が、動かない?……声、も?

「仕方ないのだよ。これは契約なのだから」
そして、僕たちは彼を失うわけにはいかないのだから。……君も、そうだろう?

トクリ、と嫌な予感で震えだす心臓に気付いたように、彼は微笑み。

もし、身体を動かせたとしても、この結界はヒトには越えられないからね。
無駄に苦しむのは、やめておおき。……ああ、そうだ。

「瞳だけは動くようにしておいてあげるから」
……辛ければ、目を閉じておいで。ライドウ。

それだけを言い残して、金髪の青年はスイ、と結界を越えてシュラの傍へと歩み。
その赤く甘い液を滴らせる耳元に、唇を寄せて。
びくり、と肩を震わせたシュラに。

囁いた。

「おいで、シュラ。……回復してあげる(・・・・・・・)よ」

そういう約束(・・・・・・)、だろう。

――― と。



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