逢魔ガ時 17


――― 見るな、と。
ほんの一瞬、投げられた金色の視線が囁いた気が、する。

すぐに逸らされたその瞳は、魔王がこの地から姿を消すまで、二度と僕に向くことは無かった。

◇◆◇



「……そう、その姿の方が効率よく"気"を取り込める。賢いね。君は。」

うなじの、太い紋様を沿って降りゆく魔王の唇が、シュラが放つ光をなぞる。
創造主の愛撫に答えるかの如く、嬉しげに明滅する身体を裏切り、"彼女"の瞳はただ虚ろだ。

「この色も美しいね。女性体の方がよりオリジナルに近い色を出す」
天空の色、……僕の瞳に染まったような、ね、と囁いて、魔王はその愛撫を深めていく。

きゅ、と、痛みを耐えるように細められた金の瞳は、その言葉の故か。

……胸の先に辿り着いた魔王の舌の故か。


微かに震える象牙の肌に白い手が触れる。

「抵抗、しないで。辛いよ」
「……っ」
(い、や)

なぞられた黒い紋様の傍で淡い青が明滅する。

「受け入れて、シュラ」
「ぁ、あぁ……」
(こわ、い)

舌を絡ませて、甘い喘ぎを生ませ、声ごと奪う。

「無駄な抵抗だと、分かってるだろう?」
「ん、や・・ぁ」
(たす、けて)


耐え忍ぶ甘い擦れた声に、重なって聞こえる、心の悲鳴。
征服されていく肉と、抵抗し続ける心。

困ったねぇ、と魔王が呆れたように呟く。
純情で不器用で頑固者な混沌王もあったものだ、と。

「ここまで抵抗できる君は、本当に大したものだ。元々この器は僕たちが創ったモノなのだから、
普通なら触れるだけで、従うものを。しかも、最初に受け入れるのは、彼でなければ嫌だと」
……どれほど器に快楽を埋め込まれても、他者を受け付けなかったのだから。……僕、ですら。

――― でも、もう、いい、だろう?
器としての初めては、全て、彼に譲ってやったのだから。
満足、だろう?…………ねえ、シュラ。

「何度も、愛して、もらった、のだろう?」
「……い・・や」
(いわ、ないで)

「知っているかい?シュラ。……君の体にどれだけ、彼の残り香が染み付いているか
「……やっ。いやあ。あぁああぁっ」
(ライ、ド……)

「彼を、守りたいの、だろう?シュラ?……彼の香りを魔界の悪魔達に覚えさせる気かい?
「……っ。……あ、ぁ」
(……)

くす。
「大丈夫。心配いらないよ。僕が全て、"上書き"して、あげるから。ね」

――― そして。
それきり。何かを遮断したように。
心の悲鳴は聞こえなくなった。



◇◆◇



やがて、像がブレたようにシュラの姿と声がゆらりと揺れ始め。
おや、と眉を寄せた魔王は、困ったように愛おしげにシュラの唇をゆっくりとなぞる。

「思った以上に弱っていたのだね。……いや、全人格を取り込んで、内なる力が増大したから、か。 肉体(うつわ)がついていけずに、分裂し始めたね」

仕方ない。先に「こちら」から受け入れてもらうよ。急がないと、君が失われる。
君の嗜好には合わないだろうけど……、許しておくれ。
言いながら体勢を変え、シュラの口元に近づけられる彼の中心は、接触を欲して脈を打つ。

暫しの逡巡を経て、容の良い紅い口唇は脅えながら、そっとその先を含み。
初めはゆっくりと、やがて性急に動きと質量を増していくそれが与える苦しみに耐えかねてか、
固く閉じられた瞳が、一筋、生理的な透明な液を流し。

暫しの後、苦しげにこくりと魔王の気を嚥下した瞬間に、シュラの姿は再び元の。
いや元以上の確かさでその強い存在を示す。

ぬる、と魔王を口からはずし、ゆ、ら、と地面に倒れ掛かるところを彼の腕に支えられ。
魔王の腕の中で、虚ろな瞳で宙を見つめ、紅い口の端から残った精を、す、と一筋流すその姿は。
見るものの気を違わせるほどに、美しい。

苦しめば苦しむほど、残酷に磨かれて、美しく輝く、魔物の宝石。

抱きたい。あの悪魔が欲しい。今すぐにあの腕から奪い取って。
そう、動けぬ己の身体ですら、引き絞られるように熱望するほど。

おぞましいほどに、艶めいて、艶めかしく、艶を見せる、悪魔の芸術品。


くす。
「今の君なら、唯一神すら落とせそうだね。シュラ。下っ端の天使連中など瞬殺だ」

……もっと、美しくおなり。僕たちの混沌王。
僕たちのために、彼のために、闇の軍勢のために。
……やがて君が支配する、混沌の国のために。


そっとシュラを横たわらせ、す、と、己が残した口元の精を指で拭った魔王は、その指でシュラの 形のよい臍を、その周囲を彩る美しい紋様を、なぞりあげる。やがて、その指が、ゆっくりと "彼女"の中心へと動き出すと、ひくりと、シュラの体が何かを耐えるように痙攣をし始めた。

「声を、出してごらん」
もう、今更、我慢しても同じ、だろう。それに。ねえ、シュラ。僕は。知っているよ。

嫌われたかったのだろう?彼に。

ギクリと。抱かれ始めてから、初めて焦点を合わせた瞳に、満足そうに魔王は微笑む。

隠さなくてもいい。
知ってるよ。……本当は、君は、ずっと。

死にたかったのだろう?なろうことなら、彼の手にかかって。
でも、できなかった。残される彼の苦しみを思って、ね。……可哀想に。


皮肉だね。
そうやって自分を否定すればするほどに、君は強くなり美しくなり絶対的な肯定へと進む。
今の自分を認められないということは、裏返せば、より高みを目指す、ということだからね。

ああ、早く完成された君を見たいものだ。いや、完成するときはきっと来ない、のかな。
君が君を否定し続ける限り。永遠に君はそうやって、美しくなっていくのだから。
永遠に、傷つき、苦しみながら、ね。……可哀想に。


魔王が何を言ったのか、分からぬままに、ライドウは彼がシュラの秘所に顔を埋めるのを見る。

「……っ。ゃ、ぁ。ぃ、ゃ。ぃゃぁ……っ!」

(ラ、イ……お、ねが……。みな、い、で)




――― 押し殺した悲鳴の裏で。
悲しい、声が、聞こえた、気がする。

けして僕を見ようとしない彼女の悲痛な願いが。

なのに、この地獄絵から、眼が逸らせないのは、これが僕の罪だからか、罰だからか。

ぴちゃりという、水音が。
押し殺したような、細い悲鳴が。
じわり、と僕の脳を浸食していく。


生贄の羊、という言葉が、壊れそうな頭をよぎる。
人類全ての罪を負う、という名目で。あの方は、ある意味、自らがそう、なられた。

では。貴方は?
誰の為に何の為に何度そうやって、自分を悪魔の祭壇に捧げ続ければ。
解放、される?


やがて。
パサリと、翼の音がする。
長く、人の形で悪魔を愛していたソレが。
白く優美な6枚の羽根を広げて、美しく残忍に微笑み。

指と舌で弄んでいたそこに、さっき彼女の口腔を犯した自らの中心を合わせてくる。

それ、を体で知って。
固く閉じられていた紅い瞳が、衝撃に見開いて。

――― 叫ぶ。







「や、あ……っ!!」

(シュラ!)









「……ああ、やっと」

僕のモノになったね。

僕の混沌王。






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