逢魔ガ時 26



「泣かないで」
ああ、まただ。また、俺のせいで、コイツが、傷つく。

――― やめて、ください。


「ごめん、な、ライドウ」
謝って、済むなんて、思っちゃいない、けど。

――― 謝らないで、ください。ああ、いっそ、詰ってくれれば、いいのに。


「……俺と居ると、お前、傷ついてばっかだな」
違う、って言いたそうな、顔をする。ありがとう。でも、いいんだ、無理、しなくて。

――― 違う。逆だ。僕と居るから、貴方が、傷つくのだ。


「もう、少ししたら、俺、消える、からさ」
もう、少しだけ、お前と居させて、もらって、いいかな。

――― 優しい、貴方が、最後に、何を言いたいのか。


「俺のワガママで。ゴメン、な」
もう、迷惑、かけない、から。

――― 僕に何を望んでいるのか、分かって、います。


「……でも、俺、さ。お前にとっては偽物、かもしれないけど、さ」
それでも、言って、おきたい、んだ。ゴメン。

――― でも。お願いです。……この記憶を、奪わないで。僕から、貴方を、奪わないで。


「お前のこと、大事、なんだよ。……傍に、居たい、んだ」
許される限りは。それは、あと、ほんの、少しの、時間、だから。

――― 貴方のこの瑕を、忘れてしまったら。きっと、また、僕は。貴方を。


「俺のエゴだって、分かってる、けど」
自分勝手に、過ぎるって、よく、分かってる、けど。

――― 貴方を、傷つける。さっきのように。ボルテクスでのように。


「俺、お前だけは、守りたいんだよ」
……なのに、どうしてだろう。傷つけて、ばっかりだ。お前のこと。

――― 守りたい。守りたいのに、貴方を。……なのに、僕は、気付けば、いつも。


「だから、お願いだよ。……記憶、消させて」
その、強い強い、心の壁を。扉を、開けて。俺の声、受け入れて。

――― お願い、です。もう、僕に。もう、貴方を、傷つけさせないで。







同じ強さの同じ想いは、同じ方向を示す、故に。それは平行を辿る。

けれど。
無為な時間を過ごす危うさを誰よりも知る悪魔の頭脳は、それを打開するべく動きだす。
常に最良の一手を探らんとする、魔界有数の将としての能力を、遺憾なく発揮させて。



「……ライドウ」

やがて、赤い瞳が、黒い瞳を捕らえる。強い意志をこめて。

「信じて、もらえない、だろうけど、偽物、かもしれない、けど、言わせて」

これだけで、いいから、俺の言うこと、聞いて。

「……っ、シュ、ラ……ッ

これまでに、聞いたことも無いほどの強い力の篭もる、それでいて甘い、声。
その言霊の力は、最強の悪魔召喚師の抵抗すら、凌駕し、
彼の心臓をトクリと打ち、身体をビクリと震えさせる。

ああ、囚われる、と怯えた耳に入った言葉は。


「……愛してるよ。ライドウ。お前だけだ」

「!」






……哀れな悪魔召喚師から、全ての思考を奪った。







◇◆◇












それは、ずっと、欲しかった言葉。

唯一埋まらなかった心の瑕、……最後の、隙間。
欲しくて、欲しくてたまらなくて、でも、けして、もらえることはないと、どこかで諦めていた音。
たとえ、この欠落が永遠に埋まらなくとも、この悪魔が居れば、それでいいのだと、言い聞かせて。

でも、本当は、ずっと。……ずっと、諦められなかった恋焦がれていた、欠片。
その最後のピースがパチリと埋まった音が、どこかで、して。

無意識に、無防備に、悪魔召喚師の唇は、腕は、動く。

愛しい悪魔の、残酷な思惑の方へと。


やっと手に入れた心を逃がさぬようにと、辿りついた腕は檻を成し。
流れる全ての音を零さぬようにと、唇は間近へ引き寄せられる。

「本、当に?」
「……うん」

「もう、一度。言って、ください」
「……愛してるよ」

「もう、一度」
「……愛してる。ライドウ」

もう一度、と何度も、繰り返し。繰り返させて。

抱きすくめた悪魔の愛しい体が、自分の腕の中で、何度もその言葉を紡ぐのを聞きながら。
黒い瞳は、再び一筋の涙を落とす。


――― 嬉、しい。
こんなとき、なのに、死んでもいい、ほどに、嬉しい。

あんなに、傷つけたのに。あんなに、酷いことを、言ったのに。
貴方はこんなにも、優しい。

ああ、もう、どうなっても、いい。
この悪魔のためならば、もう、どう、なっても、僕は。


甘い涙を落とす人の顔を、安心したように、でもどこか哀しそうに見つめた悪魔は、
零れ落ちた滴を唇で掬い取り。両手で頬を優しく包んで、その黒い瞳を覗き込む。
瞳を合わせながら、ゆっくりと顔を近づけて。そっ、と、唇を触れ合わせて。


もう一度、強い言の葉を、紡ぐ。


「愛してるよ。だから」




オレノコト、ワスレテ。ライドウ。









――― 完全に無防備になった男の心に、悪魔は優しく微笑んで、そう命じた。





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後書き反転

あくまで、悪魔、ですから。

でも……いらない、とまで言われても、告白できた勇気は認めてやってください。