逢魔ガ時 28


腕の中で、気を失ったライドウを、悲しそうに見つめて。
最後に軽く、唇を重ね、そっと、彼を優しく横たわらせた後に。

シュラは仲魔を全員、召喚する。

――― 仲魔はいずれも無言だ。


「シュラお兄ちゃん!」
抱き上げていたショボーを、クー・フーリンがそっと降ろす。

「ああ、ショボー。さっきはごめん。羽むしっちゃって」
「ううん。ちょっとだけだし。私、気絶してただけだもん。……ごめんね、余計なことして……」
「ショボーだとア・シュラの攻撃一発でも耐えられないから、早く管に戻してもらおうって思ったのに。 もう、ホントにどうしよう!って焦ったよ〜」

……あ、そうだ。ピクシー。こっちの皆にメディアラハンお願い。

何事も無かったかのように明るく笑うシュラが、指示を出し。
急所を突くことで、気絶状態とされていたライドウの仲魔が全て回復する。

「シュラ!てめぇ!!演技うますぎだろうが!」
泣きそうになったぞ、オレは!!
ショボーに説明を聞き、掴みかかりそうな勢いのヨシツネにごめんごめん、とまたシュラは笑う。

「でもあれ、演技っていうよりは。ア・シュラに任せてたから。
俺がやったのは、時間を引き延ばして、皆が無事に生きて帰れるように調整してた、だけだよ」

そうじゃないと、いくらなんでもバレてた。

「ライドウには、ひどく辛い思いさせちゃった、けど。全部、忘れてもらえて、良かったよ」
にこやかに告げる、その言には、誰も肯定も否定もできない。


じゃあ、と彼が言葉を続けて。
「悪いけど、ホントにもう時間が無いから。後は、頼む」
ライドウと、ゴウトさんを送り届けて、そのまま、お前たちはこっちで待機、な。

それと、分かってると思うけど。
「俺がこっちに戻るまで、誰も俺のところには来るな」
来たら、俺の仲魔からはずすから。

キン、と光る赤い瞳と、強い言霊に逆らえるモノはここに存在しない。


だが、それでも、主様、と、少し震える声は上がる。

「受けられた傷は、大丈夫、なのですか?」
「リン?……ああ、うん。大丈夫だよ。ほら、血も出てないだろ」

「私が、申し上げている、のは、そちらの傷の、ことでは、ありません」
「そ、そうよ。シュラ!あんな、あんなこと、されて、……言われて」
「……ピクシー」

「……そこまでにしておけ、お前ら。時間が無いのはホントだろうが」
「ありがと、ロキ。皆も。……でも。もう、俺は」

――― 大丈夫だよ。本当に。

ほら、お前達だって、分かるだろ。俺が、もうさっきまでの俺じゃないこと。

そう言って、微笑むのは。
人の心も魂も斬り捨て、痛みも傷も全て飲み干した、完成された混沌の王。

分体の中で最強の力を誇る、ボウを黙らせるほどの「力」を持つモノ。
ルシファーの気を取り込んで、まぶしいほどに黒く輝く悪魔の芸術品。

「じゃあ、皆。ライドウとゴウトさんのこと、頼んだよ!」

そして、ほんの一瞬だけライドウに視線を残して。
シュラは、魔界へと、消えた。



◇◆◇



「……シュラぁ」「主、様……っ」「……主」

主の身と心と魂が引き裂かれ、地獄の底へと突き落とされてしまうのを、ただ見ていることしか
できなかった仲魔たちの怒りと、憎しみと悲しみの矛先が終着するのは、倒れ付す黒い男。

(……私が出る、ロキ)
(な!……ああ、なるほど、な)
(後は頼む)
(分かった)


この世でもっとも幸福で不幸な、その生き物に向けられたゲイボルグの攻撃は。

ガキン!

気遣わしげに、ライドウの傍に傅いていたジークフリードの剣に止められる。

「……我が主に、何をなさるおつもりか?」
「貴公こそ、邪魔をされると?」

「ケルトの英雄は、意識の無い者に攻撃をかける卑怯者か?」
「……命の恩人を地獄の底に突き落とす男よりは、まだましであると思うが」

「……我が主の御身を守るのは、むしろ貴公の主の願いでは、無いのか?」
「ふ。さすがに、恩人の魂を口先一つで斬って捨てた恩知らずの配下。口だけは達者な」

「我が主を愚弄するか……っ!」
「否定できぬであろうに!!」

一触即発。他の仲間まで巻き込んだ闘争になろうかと悪化した雰囲気を。

『退け、ジークフリード!』
「やめておけ。……クー・フーリン」

黒猫と、金髪の魔王が鎮火させる。

「ゴウト殿」
「ロキ」

『今はもめている場合では無い』
「気持ちは分かるが……アイツの最後の命令、ちゃんと聞いただろ」

く、と。顔を背ける幻魔の表情は苦く、固い。

「アイツの選んだ道だ。俺達は、それに従うのみ。たとえその道が”間違い”でも」
アイツ以外の正しいものに従いたいとは、思わないだろ?俺も、お前も。こいつらも。

沈痛な表情で告げるロキと、苦しげに俯くシュラの仲魔達を、見ながら。
はっ、と。ジークフリードは ”あること”に気付く。

「すまぬ……クー・フーリン殿」
「……何のことか、分からぬな」

「ご配慮、感謝申し上げる」
「……主命に従った、だけのこと」

す、と、ライドウの傍から離れるクー・フーリンを睨みつけたヨシツネが
苛立ちのままに、ジークフリードに食ってかかる。

「何を、礼なんぞ、言いやがった」
あの野郎、気を失ってるライドウに攻撃しようなんぞ、武人の風上にも置けねぇ!

「……気付かなかったのか、ヨシツネ」
「何をだ」

「先程、主の、ライドウ殿の傍にいたのは、我のみだ」
「それが、どうした」

「直接攻撃を得意とする彼の攻撃だから、我だけで防げたのだ」
「……」

「彼以外の仲魔の、いずれの技で攻撃されても、おそらく全ては防ぎきれなかった」
「……じゃあ、アイツ、わざと」

「わざと……、先んじて攻撃を仕掛け、あからさまな暴言を吐くことで」
他の者の攻撃を止め、怒りを散らしてくれたのだ。

――― 武人としての誇りを、捨ててまで。

「……くそ……あの主人にして、あの仲魔、ってところか」
「そう、だな。……その、とおりだ」

また返せぬ借りが、増えた、と。
夜の帳が落ちる中で、ライドウの仲魔もまた沈黙を落とした。



◇◆◇


「ああ、オレが運んでやる。お前たちの鎧は当たると、痛い、だろ」

ジークフリードやヨシツネを制止し、マントでくるむように、ライドウを大事そうに持ち上げたロキは、
滅多に見せぬ気遣わしげな様子で、悪魔召喚師の顔を覗き込む。

「……だから、あれほど、手を離せって、言ったんだ」
あいつが無茶をする前に、頼む、と。……お前が傷つく前に。

「腕は再生、できたが。今回は」
苦々しげに、クー・フーリンが呟く。
「ああ、もう……無理だな」

『……すまぬ』
黒猫の苦悩に満ちた謝罪の言葉に、返る言葉は、無い。
本当は、この場に居る、誰のせいでも無いと、皆が分かっている、故に。

「……結局、ア・シュラの言ったとおりになりやがった」
「お前が、カオルを真の悪魔にしたんだよ……、か」




……人としての心と魂。その未練も執着も何もかも、捨て去って。
抉られたその心が魂が、血を流し続けていることすら、もはや気にも留めないで。

闇を従え、光を凌駕し、痛みも悲しみも希望も喜びも何もかもを、自らの虚へと閉じ込めて。



――― そして、進むは、修羅の道。


















愛しい悪魔の配下の腕の内で、ゆらり、ゆらりと揺らされて、人は、祈る。

欠けた記憶で埋まった心で、ただ祈る。



誰か、あの哀しい魂を。
誰か、救ってあげて、ください。

その為なら、
僕の心など
引き裂かれてしまっても
いいから。


僕の存在など
あの悪魔の心から
消えうせてしまっても
いい、から。




――― その祈りが届く先は、もうどこにも無いことを、知りつつも。





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