ゲンザイ 06



牢獄、と言っていいのだろうか。
太い、木の格子のついた部屋が延々と並ぶ、長い、暗い、板張りの廊下。
その所々に、ゆらりゆらりと揺らぎながら、奥へと侵入者を(いざな)う、和蝋燭の淡い光。

キシ、キシリ、と自分達が鳴らす、床の音に加えて、
その最奥の座敷牢と思われる場所、から、どこかで聞いた声が、響く。


「気持ちいいの、かい。僕も、だよ」
「……っ」

「昨日は君の父親が来てたね。君をココに売っただけで飽き足らず、君を抱きに来た」
「……んっ。ん、……んっ!!」

「可哀想に。一体、君はどんな業を背負って、生まれてきたのだろうね」
「……や、……ぃゃ」

「死にたい?……死にたいの、だろう、ね。でも、ごめんね。殺してあげられない」
「……ぁっ、あぁっ!」


格子の向こうには、絡み合う人の体。
傷だらけの、子供と、その上に、のしかかり、その心と体を一心に壊す、男。

赤く。
ライドウの、思考が、視界が、怒りで、赤く、染まる。
許さない、……許せるものか、あんな、あんな幼い子供を。

――― あんなに儚い貴方(・・)を、……こんな、こんな地獄に落とした人間どもなど!


格子を壊すために跳び出そうとした男の身体は、しかし、見えない誰かの腕に引き止められる。
優しく、身体に絡みつくその左腕と、目を覆い隠すその右手の力は、けして強くは無いのに。
動くことが、できない。

束縛された男の耳に囁くのは、望んでもいない、自らの“守護者”の声。


おやおや、こんなところにまで、来てしまうとは、いけない子だね。
せっかく、彼が、君のことを思って、これだけは隠蔽したのに。


――― 隠蔽?

ボウに看破されるリスクを承知してまで、嘘を吐きとおしたのに。その苦労も水の泡だ。
……まあ、ここでの記憶は鮮明には残らないのが、せめてもの救いだね。


――― 嘘?……何の?

聞いた、だろう?あの子の父親は、あの子を売ったのだよ。
そして、それだけでは飽き足らず、自ら、彼を壊しに来た。


――― ……っ、何故、そんな。

さあ。奴らの脅しに屈したか。最愛の妻を失った責を、全て幼い彼に押し付けたのか。
魅力的すぎる我が子への歪んだ愛情をとどめておけなくなったか、それとも、その全てか。
……いずれにせよ、「人」ほど、悪魔的な生き物は居ないと、つくづく思うねぇ。


(……な?心の中に猫一匹しか居なくても、仕方ない過去、だろ?)

誰かの、言葉。聞いたことが無い、はずの、けれど、知っている台詞。
その愛しい声と、優しげに囁かれる魔王の声の合間にも、漏れ聞こえる、押し殺した悲鳴。


――― 早くしなければ、“手遅れ”に。


……っ!放、せっ!

これ以上は見ない方が君のためだよ。

放せ!彼は、僕が助ける。

君が?彼を?……助けられると、思っているの?

助ける!……絶対に……絶対にだ!!

……じゃあ、やって、ごらん。あの魂を、今更、救える、ものなら。





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