IRIS 14


「分か、った。すぐに手を、打とう」
「・・・御前?どう、なされました。・・・ご気分でも」

尊き血筋の、誇り高き方。傲慢で尊大で、そしてそれに匹敵する能力と外見を持ったその男が、
ここまでに動揺した姿を見たことは無い、と、ライドウは不審に思う。

「い、や。気にすることは無い。・・・あ、あぁ、そう、だね。少し調子が悪いのかもな」
だから、今日はもう帰りたまえ。ライドウくん。・・・ああ、ああ、大丈夫、だよ。
「君の大切な教師は、必ず無事に君の学校へ戻す、から」

青ざめた顔でそう言われて、どこか腑に落ちないままに帰ったライドウは自分の姿勢の良い背に
(やはり、神罰が下ったか)と、聞こえない呟きが投げられたのを知らなかった。




「あ、帰ってきた、みたいだよ」
「あっ、お帰りなさい!ライドウくん!!」
待ってたのよ!ほらほら、早くこれ見て!と、何やら新聞紙らしきものを渡そうとするのは。

「タヱさん?」
「もー、葵鳥って呼んでって、何度言えば分かるのよ!」
まあ、いいわ、それより、これ、こんなもんでいいかしら?

「これ、は」
ライドウの白い手に手渡されたソレに躍るのは、“不当逮捕”の大活字。

「号外の下刷りなんだけど、どう?」
鳴海さんに情報をもらって、すぐに取材して調べたから、事実の捏造は無いと思うんだけど。
と、話しながらも内容に視線を走らせる敏腕女性記者に驚いたように投げたライドウの視線は、
苦笑しながら頭を掻く所長へとたどりつく。

「一応、俺のツテも当たっておいたんだがな」
こういうのは多方面から一気に攻めるほうが、いいよなと思って、と鳴海は微笑む。
「大衆ってのは惰弱で流されやすいもんだが、一度強い印象を持つとその流れをなかなか変えない。良くも、悪くもな」
奴さん方もそれをよく知ってる。知ってて利用してる。だから、マスコミの力は、軽視しない。

「で、も、タヱさんを、巻き込む、なんて」
女性の身で危険すぎる、と、言いかけたライドウを、女性記者は睨む。

「あら、ライドウくん。私がやらせてほしい、って言ったのよ」
鳴海さんもね、男性記者を紹介してくれって言ってきたのよ!本当に失礼ね、皆!!

「女は何もできないって思ってるわけ?!」
「で、でも」

それでも食い下がろうとするライドウに、朝倉葵鳥は軽く溜息をついた。

「・・・ねえ、ライドウくん、・・・知ってる?」
「何を、ですか?」



◇◆◇




「一週間後に、国外退去を命ぜられました」

週末にピクニックに行くのですよ、とでも言うような軽く楽しげな言い方で、そう告げられて。
ライドウは返す言葉を失う。

弓月の君 高等学校の裏手の森。
いつもの場所にいつものように微笑んで、その教師はいつものように座っていた。

荷物の整理に来たらしいとの情報を聞きつけた生徒は、こそりとライドウにそれを告げ。
彼がどれだけ、かの作品の読解に情熱を注いでいたかを理解する級友達は、誰一人としてその後のライドウの行動を詮索しなかった。シュナイダー先生によろしくな、と、ただ、笑んで。

青ざめて沈黙してしまったライドウを、困ったような視線で見つめて。

「アア、気ニシナイデクダサイ、」
私は私がしたいようにしただけですよ、貴方には何の責任も関係もありません。
と、少しこけた頬で教師は微笑む。

それに、
実は私は、ホッとしているのですよ。と続ける優しい声にライドウは疑問を投げる。

「なぜ、ですか」
「貴方に、IRISを、最後まで教えずに、済んで」
IRISの死も、彼女の遺言も、Anselmのたどるその後も、教えずに済んで。

言外に含まれる情報に、ライドウの眉は悲しげに寄った。




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