独り神 1


ざわ。
ざわり。

……十四代目。
あれがそうか。十四代目葛葉ライドウ。
「独り神」様の守護を得た、という。
うむ。資質、力量、共にかくあるべし。
これほどに、優れた後継に恵まれるとは。
ありがたや。これで我ら一族も安泰。

ざわめく周囲から漏れ聞こえる音に。
ぴくり、と不快そうに不可解そうに眉を寄せる後継を黒猫は宥めるように見やる。

「ゴウト」
『……』
「"これ"は、何だ?」

黒猫だけに聞こえるようにボソリと落とす、氷点下の声に、お目付け役は軽い溜息をついた。



葛葉の里 定期報告会


葛葉一族の在り様を確かめるそれに出席する為に、里へと至ったライドウ達を迎えたのは。
かつて経験したことも無いような、下にも置かぬ歓待。

如何に才気に溢れた十四代目とはいえ、如何せん、年齢的には若輩。
これまで、里での扱いは、その年齢に応じた、どちらかと言えば軽い、見下されたものも多く。
いやむしろ、才を鼻にかけた生意気な若造、と言わんばかりの扱いをする先達も少なくはなかった。
もちろんそのいずれもが、その才どころか努力すら、ライドウの足元に及ぶ輩ではなく。
己自身をよく知るライドウと賢明なる黒猫が欠片もその対応に頓着するものでは無かったが。


『説明しても良いのだが』
その内容があらゆる意味でこの悪魔召喚師に気に入らぬものであると理解する黒猫は唸る。

『ただし、聞いた後に……怒るな』
「……内容に由る」
だから早く話せ。こんな気味の悪い対応を受け続ける方が耐えられない、と更に眉間の皴を深く
するライドウを見て、諦めたようにゴウトはその故を説明し。

そして。
予想通り。

処理しきれぬ感情の波を、その身体の震えをもって抑える後継を見ることとなった。



◇◆◇



ヤタガラスがシュラを拉致した、名も無き神社での一件の後。
情報が修正され、更に尾ひれ背びれまでついたらしい、とゴウトは言った。

アマテラス神が一介の悪魔に与している、どころか仕えているとは説明できなかったのであろう。
その事実はヤタガラス機関、ひいてはそれに寄与する全ての者達の存在意義を揺るがす。故に。

『悪魔ではなく、"独り神"の一柱であったと解釈することにしたようだ』
「"独り神"?」

『"始原神アメノミナカヌシ"以降、トヨクモノ神に至るまでの三代、七柱の神々をそう呼ぶ』
「……何故、"彼"を、そのように?」

『"独り神"とは、"国生み"以前の、混沌に生まれた性別を持たぬ 神(・・・・・・・・・・・・・・)だ。男でもなく女でもなく、
また、男であり女であられる、謎多き、神々』
「……」
奴等がつけたにしては的を射た呼び名ではあるな、と皮肉気に言う黒猫にライドウは沈黙で返す。

『また、いずれの御方もアマテラス神の祖であられる故な。例の件の説明もつけやすかろう』

黙したまま、黒猫の説明を聞く彼の瞳は、その黒を更に暗く染めている。

「……それで、この対応か?」
『十四代目は、"独り神"、ひいてはアマテラスの恩寵を受くるほどの逸材、と』
「ふざけるな」

大体が、石頭揃いの幹部共がよく信じたものだ、と常に無い毒を吐くライドウに。
『あの場に居なかった者は初めは信じなかったらしいぞ』とゴウトは話を接ぐ。

『皆、その悪魔に誑かされたに違いない。やはり十四代目に罰を与えるべきだと』
「それが、どうして」
『夢枕に立たれたらしい』
「誰が」
『アマテラス神が。……石頭共、全員のな』
「……」
『我自身が見たわけでは無い故、伝え聞きでしかないが』

十四代目は(わたくし)の主が傍につかれるに足る、優れたる若者。
粗略に扱う者には、今後、私の守護は一切無いと思いなさい。
……と、いうようなコトを様々な形で、様々な言い方で残されたらしいぞ。

『以前から、事有るたびにお前を批判していた某幹部なぞ、震え上がっておったわ』

どのようなお姿で、どのようなお言葉を告げられたものやら、と。
クッと笑うゴウトを見ながら、ライドウも自分を見たとたんにこれまでとは掌を返したような美辞麗句をかけてきたその幹部を思い出す。確か、その幹部の身内がやはり「ライドウ候補」であったのだと、だから、嫌がらせもあろうが気にするなと。そう、ゴウトが以前、溜息混じりに言っていたことも。

だが、いずれも、今の、自分にとっては。

「くだらない」
『アマテラス神がお前を気に入られたことは事実であろうが』
ヤツの存在には関わり無く。

「違う、ゴウト」
今の己には、全てが、くだらないのだ。
お前とて、分かって、いるのだろう?今の、僕の、在り様が。

暫しの沈黙の後。
演武の儀に向けて準備しておく、と言い残し、鍛錬場に向かう十四代目を見ながら。
だがしかし、お前は、今のお前を分かっておらぬな、と黒猫は嘆息した。



◇◆◇



一片の雲をまとった、満ちた月。

今のライドウを譬えるなら、それか。と、雅を知る黒猫は思う。

例の件が無かったとしても、「今のお前」を見て批判できるモノなど、この里に存在せぬ。

欠けるところの無い真円の月。
……その内に、喪失の痛みを、大事に抱えたままの。
その歪みが、矛盾が、哀しさが。更に、その美しさと、凄みを増している。

完璧な美には魔が宿る、とは言うが。
今のライドウには、魔すら(おのの)き、 (ひざまず)き、下僕にしてくれと希うだろう。
そして、実際に、そう、であるのだ。



――― どこまで計算していったのか、と黒猫は、優しい共犯者を思う。

この地では、もはや。

彼に従わぬ魔は居らぬ。
彼を認めぬ人も居らぬ。
彼を愛さぬ神も居らぬ。

これで内的要因も、外的要因も、十四代目が十四代目として生きていく基盤は磐石だ。
後は、ライドウ自身が、お前の存在の不在を克服する、のみ。だが、それこそが。

――― 一番の難題であるのだ。シュラよ。


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