Balance 3




キュルリと、天井のリールが、天上の音を響かせる。
何かに怯える来訪者を歓迎し、その震える心臓を打ち抜くかのように。

・・・入ってすぐは、視界の開けぬ、どこか靄がかかったような暗い部屋。

思わずと、(いにしえ)の海神と同じ名を持つ器具を見上げた男は、下界へ続く鎖を視線で追い、辿る。



――― っ!!

(私の宝石が自分で自分を砕かないように)



また、キュルと、音が鳴る。

その楽を奏でる先。
狂気に落ち、鎖に拘束され、それでもなお、その身をよじらせる、主を、クー・フーリンは見る。

(壊れやすく遷ろいやすいものほど、美しいとは)

象牙に黒玉。常の緑柱石ではなく、今は紅玉を嵌め込んで、蟲惑的に光るそれは、確かに。
悪魔の象嵌細工。魔界の支配者が愛玩する、最高の芸術品。


――― ああ・・・!
いかばかりに、お辛いことか、と、きりきりと痛む心の奥底で
故の分からぬ悦びが、ひそりと微笑むのを自覚しつつ、彼は彼を痛ましげに、見る。

(揺れるほどに、美しい光を放つのだから、始末に終えない)

その心の綾を嗤うように、また、キュと、音を奏でるその楽器は、美しすぎる。


頭上に揃えた両手首
――― を起点に。

ゆるやかな美しい曲線を描く腕
――― が、肩へ続く。

そして続く、しなやかな上半身の弧に、見惚れながら

この、美しい容は。
どこかで、見たような。

・・・マグマ・アクシスの、と、思いあたり。
長く。長く。その、炎を操る主の美しさに見惚れ続けた下僕は、ゾクリと身を震わせる。


(・・・私に、何をせよと)
(なに、簡単なことだ。・・・君が“分銅”になれば、いい)
(・・・どちらの?)




やがて。
その、暗い、閉じられた部屋の中で。
闇に灯る篝火に、身を焦がされる羽虫のごとく、彼は彼に手を、伸ばし。

・・・既に、かの技の熱に、身も心も絡め取られ、燃やし尽くされていた男を、嘲笑うように。



また、何かが、キュルと鳴いた。





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リール(リル)は、ケルトの古の海神の名前。マナナン=マクリルの父神。

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