Balance 5






また、か。

また、私は、壊されるか。
闇に落ち、Balanceを失い、砕かれるか。
この身の虚空を、満たされることも無いままに。

また。



でも、それを承知で、彼に自分を渡したのだから。
それは、それで、いい。

彼には迷惑だった、だろうか。迷惑で、なければ、いい。



ああ、でも。

でも、もう一度

もう一度、だけで、いいから、




彼の、笑顔を、見たかった





あのときも、あの後も、何度も、思った

・・・どうすれば、笑って、くれるの、だろう?と。



もう、二度と会えない、今と なっては、考えるのも

無駄なのだ、けれど。






「また、かい?」

狂気の悪魔の脳内を暴れるのは、育ての親の呆れたような声。錯綜する過去。

再構成された体。封じられた記憶。他者を拒むココロ。連れて行かれた、ビナーの地。
定められた相手。美しい男。壊れる世界。毀れる力。哀しげなイシュタル。笑わぬ黒い瞳。

「記憶が無いのに、それでも?」

分からない。自分にも分からないのだから、きっと、誰にも分からない。

だって。
アレ以外は嫌だった。
壊されるならアレが良かった。でも、アレには言えなかった。壊してくれとは。だから。

「本当に、愚かだねぇ、君は」

自分だって、そう思う。ああ、だけど、触るな。誰も、触るな俺に触るな。アレ以外は。

何かが己に触れたことに気付いた悪魔の狂気は増大する。

嫌だ、触るなと、彼以外は触れるなと、そう叫びたくても、声は封じられている。
抵抗したくとも、己を壊してしまいたくとも、腕も脚もその力は、非情な鎖に引きとめられる。

深くなる、誰かの愛撫に絶望しながら、悪魔は嘆く。

・・・あっさりと、壊して捨ててもらえるなんて、思っていなかった、けれど。さ。
でも、いくら、お前だけでは、俺のバランスが取れなかったからって。

――― 他のモノまで、寄越す、とは、思ってなかったよ。ルイ。





◇◆◇





は・・・ぁ、と喘ぐ声さえ、叶わぬ恋に惑う男には、耳朶を侵す呪文と化す。
けれど。

「お、まえ、だれ、だ」

甘い啼き声の間に、かすれた音で綴られた、意味のある言葉に、
ああ、やっと、回復していただけたと。クー・フーリンの胸の鼓動は大きく音を立てる。

そして、返すのは愚かな言霊。狂っていてもいなくても優しい主を苦しめぬようにと考えて。

「・・・貴方の、犬です」
「い・・・ぬ?」

怪訝そうな声。戸惑ったように首を傾げる主の内から、指を抜き。男根に絡めた指を解き。
しゅるり、と、主の瞳を他者から覆い隠す布を、解いて、そして。
何もせず、ただ背中から主の狂気を暖めるように抱きすくめ、更に、言い募る。

――― 私は、貴方の犬です、と。
(ああ、正気のときの貴方なら、その一言で私を、“見つけて”叱ってくださるものを)

「どうか、ご命令を。我が最愛の主」
「めい、れい?」

犬に?と、困ったように止まった声は。ふふ、と苦い笑いに変わる。

じゃあさ。犬。
はい。

「なめて」
――― え?

戸惑った声に調子に乗るように、最狂の悪魔の声は、笑いながら、その命令を繰り返した。


「お れ を、 な め ろ、 い ぬ」






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ちょっ!人修羅サマ?!