Balance 7





・・・そんなに、優しく、触れないで、くれ。




怒るだろうと、思ったのに。

怒って、俺なんか捨てて、どこかへ行ってくれると、思ったのに。


ああ、頼むから。それ以上、傍に来るな。


じゃないと・・・お前が、汚れる。俺の、大切な、白い、(クー)







くちゅと湿った音と共に、悲鳴のように上がる、甘い少年の声。
数度、舐め上げられ、深く口内に含められ、キツめに吸われただけで、達した主の放つ液を。
下僕は、コクと音を立てて、己の内へと、取り込む。

一滴もそれを逃さぬよう、執拗に主から口を離さずに、飲み干して。
やがて、大事そうにゆっくりと口から抜き出したそれに口付けて、満足そうに息を吐く犬を。
主は放心したように、見る。・・・赤い瞳で。

「い、ぬ?」
「はい」

「・・・クー?」
「はい」

「・・・・・・リン?」
「はい」

ああ、やっと、私を見つけてくださったと、喜ぶ心の裏側で、何かが軋む音が、する。
・・・回復していただくためとはいえ、己が為した、この無礼を、この方は許してくださるだろうか。

スッと身を放し、俯いてしまった犬を見やり。やがて己の体を、ガシャと鳴る鎖を、順に確かめて。
囚われの主は得心したように呟く。

「・・・あぁ。・・・そっか、俺」
壊れたんだね? ルイの力、もらいすぎて。
――― 黒に、傾いて。

「・・・」
沈黙で返す下僕は、手を伸ばし、そっと、主を戒める枷をはずそうと、動く。が。

「・・・そのままで、いい、リン」
え?

「まだ、俺の中、ぐらついてる。・・・多分、少しの間、正気に戻った、だけ・・・だ、から」
だから、もう、いい。

「主・・・様?」

戸惑う犬に与えられるのは、最悪の命令。

――― もう、違う主人を見つけろ。リン。

「・・・っ」
「命令だ・・・最期の」

息が止まる。言葉が出ない。そんな言葉を聞くために、貴方の傍に居たのでは、無いのに。

「それ以上、お前の白い力を俺に、吸わせなくて、いい」
いくらお前が、光の神の息子だからって、この、黒い力が主たる魔界で、自殺行為だ。
だから、もう。

――― このまま、で、いい。

「・・・で、すが」
「もう、俺に、触れるな」
お前が、汚れる。

「・・・主、お聞きくだ」
「俺は、お前まで、失いたく、ない」

「・・・主、」
「何度も言わすな。命令、だ。・・・出て行け。リン」

「・・・ま、せん」
「リン?」

「その、ご命令は、聞けません!」

なぜ、貴方は、気付いてくださらない!

ガクリと、己の天秤が傾くのを、下僕は知る。
それは、怒りなのか悲しみなのかも分からぬ、黒い感情。

この行為が、忠誠だけによるものだと信じて、疑いもしない、残酷な主への。

「・・・え? ・・・リ・・・」

脇にある媚薬を含み、噛み付くように口付けてきた下僕に、主の目は見開かれる。
やがて、コク、と飲み干す音を確かめて、犬の舌は主の口内を執拗に、侵した。






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