Balance 9




ズ、と。

ゆっくりと虚ろを埋めていく、肉の槍の先端の動きに合わせて、赤く明滅する肢体が揺れる。
固く目を閉じたまま、天に向かって首を振る主が辿る夢の先は、 混乱か、惑乱か、狂乱か。

陸にうちあげられた魚のように、数度、声も無く、口を開け、また閉じる、妖艶な主の、
くん、と、のけぞった細い喉に口付けるために、肩を抱き、その身ごと引き寄せる。

より深くなった繋がりにふると震える愛しい体を抱きしめて、赤く明滅する首のラインを数度甘く
ぴちゃ、と、触れた犬は、やがてそのまま上へと舌を移動させて、形の良い耳へ噛み付く。

lobure(耳垂)をはみ、helix(耳輪)をなぞりあげ。
また、くると半周下がってtragus(耳珠)を弄ぶと、

鼓膜のすぐ傍で奏でられる水音に煽られたか、きゅうと甘く締まる少年の内。

「・・・く」

その自覚もなく己の精も性も生も取り込んで離さぬ主に、下僕は微かに自嘲の息を吐いた。



――― やはり、囚われているのは、己のほうだと。





◇◆◇






一度、浅く貫いたそこから。
道を馴染ませるように、己の白い槍を入り口あたりまで、ゆっくりと引き抜き。
抱えた腰がその喪失を知って寂しげに揺らめくのを知って、また緩やかに浅く、内へと進む。
それを繰り返すこと数度。

蕩けきった内壁はその優しすぎる動きに不満を示し。
ガシャと背徳の金属音を立てる主の肉体は既に、その悦に落ちている。

言外に示される赦しに、導かれるように、深度と速度を増し。
主の中を己の槍で穿ち、その快を赤く熾す、飼い主の手を噛んだ白い犬は。
やがて、主の、固く閉じられたままの目の端に浮かんだ、透明な玉に心を切り裂かれる。

その現象の故は、怒りか悲しみか憎しみか。
心から信頼していた仲魔に裏切られ、その身を心ならずも汚されたことへの。

いや。それはすでに、生理的なものでしか、ありえないのだと思い直し。
過ぎた快楽に苦しむ少年の肢体を深く抱きしめて。
つい、と。主の頬に流れる一筋の涙を、クー・フーリンは優しく、舐め取る。

キリキリと何かに心を締め付けられながら、



――― 恐らくは、もう二度と貴方は、今生で、本当のそれを流されることは無い。
それはすべて、あの黒い男が奪っていった、のだ。貴方の、涙も心も魂も、何もかも。

「主、様・・・」

主に捧げた分の“白”を補うように、白い男の身の内に満ちていくのは黒い感情。

「御声を、お聞かせ、くだ、さい」
それでも。今、貴方を抱いているのは、私だと。私が(・・)認識できる、ように。

黒く染まる感情に添って、激しくなる愛撫。強くなる圧迫。深くなる動き。

「んぅ、ぁ、あ・・・っ」

かみ締められていた唇がやっとのように甘い音で喘ぎ、快楽に惑った体が揺らめき、
カシャと微かな砕音を立てて、シュラを拘束していた光子の枷が霧散する。

(あの枷は、アレのBalanceがほぼ正常値に戻れば、自然にはずれるようになってあるのだよ)

私とても、アレを縛りたいわけでは無いからね。
アレは生きて、動いて、戦い、傷ついてこそ、美しいのだから。
――― その意志の赴くままに。


正しくその通りだと思いながら聞いた、ルイの説明をぼんやりと頭に浮かばせながら、
クー・フーリンは自由になったしなやかな腕が、己の方へと動くのを見る。主の意思のままに。

己の楔に穿たれ、甘い悲鳴を断続的に上げながらも。

ゆっくり。
ゆっくりと己の方へ、その大いなる力を秘めたそれが近づく様を見ながら、
白い幻魔は甘美な罰を覚悟する。

これほどまでに、手酷く主に噛み付いた犬を、この方は赦されまい。

けれど。
ああ。

「・・・誰よりも、貴方様を、想って、おります、我が、主」

最愛の方と繋がりながら、最愛の方の御手に滅せられるとは。
この不忠者には過ぎたる刑であると、思わず笑んだ彼の腰は、別れを惜しむように強く、主の良い所を擦り、最奥へとその情を叩きつけるように動く。

「ぅん・・・っ!リ、ンっ」

止められぬ激情のままに、愛しい声に煽られて、主の身を貪る狂犬の動きは。
けれど、予想に反して、ふわりとやさしく己の身を抱きしめてきた、細い腕と。

「・・・ごめん、な」

陵辱されている少年の声とはとても思えぬ、優しい優しい響きに、止められた。





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ボルテクスのAttackと少し連動しています。
A⇒B と来て、Chaosになり、Deadmanへと進むことに