Balance 10



一瞬、何を言われたかも判別できず、クー・フーリンの思考は止まる。
けれど、己をその内に収めたままの、腕の中の主は、また、甘いほどの擦れた声で、囀る。
――― ごめん、と。

「なに、を、謝られる、のですか」

身を静止したままの問いかけ。けれど、その低い美しい声が少年の内へ微妙な振動を伝えると、
また、その細い肢体はふるりと揺れ。微かな甘い悲鳴をあげる。
・・・“誘っている”としか思えぬ媚態を目の前に、待て(・・)、の状態の犬は、また、低く、唸る。

「・・・私には、憎む価値も、無いと?」
「ち、がう」
「・・・では、」
何故に、と。
悦に酔わされた少年にとって、惨い仕打ちをしていることを承知で問い続けようとする声はやはり。

「ごめん」
謝罪の音色に止められる。

「ごめ、んな、リン。俺、」
お前の、気持ち。気付かなくて。甘えてて。

真摯な、けれど甘く擦れた声が、己の腕の中から響き、
形容もできぬ混沌たる感情が、ケルトの英雄の身の内を巡る。

なぜ、貴方が、謝られるのだ
なぜ、そのように、常に、自分を切り捨てようと、される
なぜ、これほどに、貴方を汚しても、私を、憎んでも、くださらないのか


ああ。
忠誠も哀れみも、憎しみすら追いつかぬこの混沌たる心の内を、どう名付ければ、良い。

募る思いは知らず、男の中心の脈を打たせ、繋がったままの主の息を、更に乱す。

「っ、・・・ぁっ・・・い、ままで、ずっと、」
辛かったろうに。ホントに、ごめん。

「いい、え」
いいえ、貴方が謝られることなど、何一つ。

やがて、混沌の心がたどり着くのは、切ないばかりの愛しさ。
言葉にならぬほどの想いを伝えようと、下僕は主に優しいキスを落とす。

ちゅ、と。届くところすべてに、ほどこされていく刺激と音は、
互いに、絶妙に焦らされたとも思える、甘く苦く切ない時間を終わらせる。


「っ、あっ、リ・・・、ンっ」
「はい」

「・・・し、て」
「え?」

本当に聞こえなかった小さな声に問い返すと、先ほどより赤く染まった頬で主人は犬をにらみ。
けれど、心底困った顔をした彼に、少し溜飲を下げたのか、もう一度命令を繰り返す。

「つづき、し、て・・・っ」

言われて、先ほどまでの己の行動と現在の状況を、今更ながらに、犬は思い出す。
あれほどの、媚薬を注ぎ込まれて、快楽を身に埋めこまれて、なお、それでもこの方は。

――― 恐らくは、この愚かな下僕の心を砕かぬために、許しの御言葉をくださったのだ。

そっと、戸惑うように、犬の頬を尊い手のひらが撫ぜる。その癒すような動きに、どうやら自分が
泣きそうな表情を浮かべていたことを、自覚しながら。犬の手は腕は腰は主の命令どおりに動く。

「・・・あ」
左手の親指で、くいと主の右の胸を中心をなぶると、連動するように主の瞳と内が甘く閉じる。
声に誘われて伸ばした舌の先端が、左胸の尖りをつつくと、たまらないように喘いでしなる体の曲線を重力が捉える前に、 右胸をなぶる左手で器用に支えて、犬は右手を主の中心に伸ばす。

「ひ・・・ぅ、んっ。あっ、ゃっ・・・そ、れ、ぃぃ・・・っ」

互いの間で、すでに育っていたソレを執拗なほどに愛されて、主の瞳の焦点は失われ、
甘えるように縋りついたしなやかな腕は、幻魔の背に甘い爪あとを描く。

「、ねが、い。・・・うご、いて、リン」

も う 、 じ ら さ な い で。

ゆるやかに淫らに動きだした少年の腰は、その命令以上に、その内を穿つ下僕の動きを促し。
やがて耐え切れぬように、少年の脚を高く上げて抱え込み、深く激しい律動を始めた飢えた犬の
欲動に応えるように、がくがくと快に震えて。

――― 達した。

悲鳴のようなその時の声を誰にも渡したくないとばかりに、深く口付けた下僕は、主の震えがおさまるのを確かめてから、未だ力を失わぬ己の槍を名残惜しげにゆっくりと、震える主の内から抜く。
高く開かせていた脚を下ろして、主の肢体が、楽になるような形で深く、抱き込んで。
かすめるだけの口付けを愛しい頬に捧げていると、焦らされ続けた末の、それも薬を盛られての非情なほどの快楽に半分気を失っていた主が、ゆるゆると目を開く。

潤んで融けた赤い双玉に見つめられて、ぞくりとその身を強張らせたクー・フーリンは。

「っ、主、さ、ま?」
自分の男根にとろりと、絡んできた、紋様を持つ指に、思わず戸惑いの声を上げる。

「お、まえ。まだ、だろ?・・・リン」
「・・・は、い。・・・で、ですが」
もうBalanceを回復された貴方に、これ以上の無礼はと言いかけた言葉はあっさりと無視をされ。

「オレも、まだ、タりない」
だって、お前、あんなに薬、使うんだもん。
と、妖艶に微笑みながら詰る少年に、今更に過ぎるほどのCHARMをかけられる。

「ね、セキニンとって」
「主、様」

「セキニン、とって、サイゴまで、して」
「さい、ご、まで?」

口の中がカラカラに乾いたように、空気を求めて喘ぐ、犬は。

「オ レ が 、 コ ワ れ る ま で 、 ヤ っ て」
――― も っ と 、 俺 を 、 ぐ ち ゃ ぐ ち ゃ に 、 壊 し て 、 リ ン

そう、甘く嗤って、残酷な命をくだす主に、完全なる服従を誓った。





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