Balance 15



「、ド、ゥっ、・・・っ!」

え?!

延々と続く絶頂感(オーガズム)に。
もはや、甘い叫び声をあげるのみの。意味のある言葉など出ないはずの、愛しい口から出た
その名前に、白い幻魔の感情は一瞬にして黒く染まる。

今、何と、おっしゃられた。
まさか、あの、人間の名を、叫ばれた、のか。
あれほどに何度も貴方を傷つけ、貴方を地獄へ落としたあの人間を。

もう、記憶すら、無いはずなのに。
それでも、貴方は。

「ら、い、・・・っ!」

これほどに、私と繋がり、私に貫かれ、私に穿たれ、私と共に動きながら、それでも。
――― 貴方は。

「ラ・・・っ、・・・?!」

突然に、その声が止まったのは。
下僕の手のひらが、主の首を拘束した、故。




◇◆◇




聞きたくない。
貴方の喉から、口から、内から、他の男の名前など。聞きたく、ない。

絞められる喉への苦痛と、それに相反して、やっと解放された男根の欲に連動し。キツク締まる主人の内なる壁が、狂った犬を地獄の悦楽へと誘う。

狂戦士のときのように、咆哮し、喘ぎ、苦悶の表情さえ浮かべながら、狂気が導くままに主人の奥を深く、強く、突き上げて。

「シュ、ラ、さ、まっ!」

そう呼ぶことすら、己に禁じていた、主の仮の名を何度も叫んで。
犬は己の“白”を解き放つ。

「・・・っ!ん、んんっ、んっ!!」

息を制限される苦痛すら至上の快感へと変換され、共に高みへ達した主の内に、ドクリ、ドクリと断続的に注がれる、白。その鼓動に連動して、震えて喘ぐ、象牙の肌、揺れる赤い光。

そのまま、共に寝台へと倒れこみ、震える主を抱きしめたままの愚かな犬に、苦しそうに喘ぐ呼吸音が届き。狂った思考が徐々に常の冷静さを取り戻す。
黒く染まった己が望み、実行した行為に恐怖しながら、それでも。気遣うように主を仰向かせ、
自分の指の痕が残る首筋を指先で癒すようにたどり、ディアラマを唱えようとする、その前に。

深すぎる快感に惑い、喘いだままの、シュラの瞳がゆるりと開く。

ああ、お叱りになられるかと、身を縮める犬を愛しげに見て。
・・・最凶の悪魔は最高に残酷な罰を下す。

「らい、どう」
硬直する相手に頓着せず、赤い瞳は相手の黒い髪と黒い瞳と、白い肌を嬉しげに映す。

「や、っぱり。らいどう、だ」
固まったままの男に、伸ばされ、回されるのは、紋様を持つしなやかな指と腕。

「お、まえ。また、くび、しめや、がって」
幸せそうに、その相手にかきついて、だきついて、ほほえんで、その背を、撫でて。

「くせに、なった、か? この、へんたい。 おれ、いがいには、やめとけよ。しぬぞ」
この上も無く嬉しげな声で、物騒な聞き捨て置けぬ睦言を呟いて。

「ああ、でも、やっと、あえた」
悪魔の中の悪魔は、己を侵食した相手を完膚なきまでに壊す。

――― うれしい。ああ、あいしてるよ。ライドウ。あいしてる。おまえ、だけだ。


そのまま。
かくりと、己の腕の中で、気を失ってしまった主を。
ゆっくりと、横たえて。

健やかに寝息を立てて、上下する、その喉に、両手を、当てて。
締め上げようと、けれど、震える手に力の入らぬことに、気づいて。

「お前も気をつけることだ。シュラの猛犬」

やがて、愛しい紋様の上で、ただ、震えたままの自分の白い手に。
ぽつり、ぽつりと、落ちる、自らの透明な雫に気づいて。

「お前の主人が、悪魔の中の悪魔、だということを、くれぐれも、忘れずに」

今更だと、思った、ルシファーの助言を、思い出して。

「お前がどれだけ、傾くか、楽しみにしているよ」

白い犬は音にすらならぬ、黒い慟哭を、長く、叫んだ。






next→

←back

魔界top