Iris Garten 06





クー・フーリン様は 右手に 無双の槍を、左手に バスケットを 提げて やって来られました。
勇猛果敢な その方の、そのような お姿は 初めて 見たので、僕は 少し 驚きましたが。
バスケットを 受け取ろうと した シュラ様を 制止して、そのまま、ケルトの 大英雄が
その場に お茶の 準備を 始められたのを 見たときの 驚きほどでは ありませんでした。



◇◆◇


やがて。
差し入れです、と、これまた白い光を纏う幻魔が大きめのバスケットを持ってくる。
ありがとう、ああ、それぐらい私が、と言いかける主人を制して、忠実な下僕は花を押しつぶさぬように心得てゲイ・ボルグを傍に置き、その場に小さなお茶会の準備を始める。

座り心地のよさそうな敷物の上に広げられたのは、香りのいいお茶にフレッシュジュース。
果物。サンドイッチ。飲み物に合う軽い焼き菓子や、小さいケーキ。そして。

「え?・・・何で、このチョイス?」
「・・・さあ。私はパールヴァティ達から頼まれただけですので」
と、鮮やかにしらを切るクー・フーリンは、明らかにこの場の雰囲気にそぐわない、大量の大学芋を不思議そうに指差す愛しい主とその横で鼻をうごめかす子狐を見て、かすかに溜息をついた。


では、引き続き、庭の門にて、番をしております。お帰りの際はお呼びくださいと。
リンも一緒にお茶しようよ、と引き止める主に丁寧に断りの弁を述べて彼は一礼し。
残された少女と子狐は、食べきれないほどの美味に囲まれて、どれから味を確かめようかと、
楽しい悩みを展開する。

「変なものでね。性が変わると甘いものが好きだったりするの」
普段はそんなに大好き、ってわけじゃないのに。そもそも栄養としては要らないのに。
不思議だね、と微笑む主人は、おいで、と子狐を膝へと誘い、どれから食べたい?と問いかける。
迷わず、先ほど疑問に思った甘味に、フンフン、と真っ先に鼻先を向けた白い獣を見て、少女は
さすがパールヴァティ!と、腑に落ちたように笑った。

白い毛並みが蜜まみれになることを危惧した主人は、その親指と人差し指で大学芋を摘んで子狐の口先へ運んでやり。パクリと上手に食べた子狐はシュラの指に残る蜜をどうしようかと悩む。

「舐めちゃっていいよ」
くすくすと楽しげに笑う表情に、どこか甘い眩暈を感じながら、ペロと遠慮深げにその指を舐めた獣は。口の中の芋よりも、何故その指の方が甘く感じるのかと、不思議そうに首を傾げた。



◇◆◇



ふと、気付くと、お腹が いっぱいに なって、ぼくは 眠ってしまっていたのでしょう。
そばに、シュラ様が 居ないことに 気付いて、あわてて あたりを 見回すと、
ちょうど 青と 紫の 交じり合うところに、白い ふわりと した 布が 揺れるのが 見えました。


”・・・・は かなしからずや ・・の青 ・・のあをにも 染まず ただよふ ”


なぜか、どこで 聞いたかも 思い出せない、悲しい詩が、ぼくの 頭に 浮かび。
早く お傍に 行かなければ、また どこかへ 行ってしまわれるような、気が しました。




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白鳥(しらとり)は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まず ただよふ

若山牧水