Metamorphose 05




「おや、美しき強欲の化身が来たようだよ」
「・・・強欲?何のことだ?ルイ」

時代も世界も性別も種族も。あらゆる(のり)(しがらみ)も打ち捨てて。
そう、その身の在り様を変えてでも、求める唯一をただひたすらに得ようと、足掻き続けて。
ふふ。正に、人ならではの“強欲”・・・だねぇ。

クスクスと楽しげに呟く不明瞭なルイの言葉を、問い返そうとしたシュラの視線は。
この日、初めて上座の方へと歩みを進めてきた、黒い瞳の女悪魔へと向けられた途端に。
固まったように停止し。

背後から、その様子をつぶさに見ていた、今は女性体を採る忠実なるシュラの仲魔二体は。
片方は、楽しげな皮肉な笑みをその紫の肌に浮かべ。・・・もう片方は。
パサと翼を動かしながら、冬の星のように高温の、冷たい炎を、その青い瞳に灯してみせた。




◇◆◇




「たしか。ジルだったね。ふふ。君達が初めてだよ。今日“ここ”まで辿りついたのは」
(は。はは・・・。そ、それはそうでしょうねぇ・・・)

いや、大したものだ、と。にっこりと笑むルイの言葉に、
共に、黙したまま礼の姿勢をとるクズノハの横で、固まって、声も出ないジルだったが。

「・・・ああ!そういえば、クズノハの友達の!」
思い出したよ、ジル、と、にっこり笑ってこの場の雰囲気を和ますシュラに、何とか解凍される。

「・・・さて、そちらの美しい悪魔は、たしか、私は、初めて見る、と思うのだが」
紹介してもらえるかな、と。キュウとシュラの腕に胸を押し付けながら、面白げに言うルイに
(ひいぃいぃっ。絶対、バレてるー)と内心で悲鳴をあげながらも、そこは何と言ってもジル“狐”。
“化かし合い”で自ら白旗を上げることなど、種族の誇りにかけて、出来るわけも無い。

「は、はい。私の里の、幼馴染で・・・」
「続きは本人に聞きたいね。・・・名は、何というのかな?」
「・・・」
「ふふ。話せないのかい?美しい女狐さん?」
「・・・ルイ、無茶言うな」
お前に詰問されて、しかも初対面で平常心で居れる悪魔が、そうそう居るわけないだろ。

育ての親の口調に、意地悪な響きを感じ取ったか、シュラが助け舟を出す。
「ああ、ごめんな。怖がらなくて、いいから。・・・・ええっと、でも」

――― 俺も、聞きたいな。

え?
その、主人の柔らかな、声に。・・・強い魔力を持つ音に。
礼をとったまま、うつむいていたクズノハは、促されたように顔を上げる。

「よかったら、教えてくれないかな?名前」
照れたような、優しい優しい、笑顔。甘さを感じるほどの、声。色を灯して光る虹彩(イリス)
これまで、クズノハには(・・・・・・)、一度も見せたことが無い、柔らかなのに蟲惑的な魔性の表情。

(ああ。僕が女性で、これぐらい大きかったら、こんなふうに笑ってもらえるんだ)
そう思って。チクリと感じる胸の痛みの正体は、未だ幼い子狐には、判別がつかない。

(・・・ホントの名前は、言えない。ジルに迷惑が、かかるから、でも)
気付いて、ほしい。僕が、僕だって、ことを。

そう、心のどこかで願ったクズノハが名乗った名は。

「ききょう」
「・・・桔梗?」
怪訝そうに瞬いたシュラの瞳が、一瞬、見開き。やがてゆっくりと弧を描く。

「きれいな名前だね」
よく似合ってるよ。桔梗。その色も、服も・・・名前も。

(う、うわぁ。シュラ様ってば、これが、噂の、本人無自覚天然タラシモードね!)
そんな気全然無いのに、微笑んで声かけられるだけで、皆、“落ちる”って、ヤツね〜!!

傍でハラハラと見守るジルでさえ、卒倒しそうな甘い魔の声で、褒められたクズノハは。
それでもこれまでで相当の耐性がついていたのか、さほど支障も無い様子で礼を言った。

(ああ、これが僕の本当の名前だったら)と思いながら。




◇◆◇




「ふふ。まさしく、君の本当の名(・・・・・・)の逸話のごとき美女、じゃないか、シュラ」
そう、思わないかい?・・・ウリエル?
「・・・は」

シュラとクズノハの意思に関わり無く、甘くなる一方のその場の雰囲気を濁そうとでも、いうのか。
ルイは、シュラの背後、今は一対の白い翼しか顕現させぬ魔天使に話を振ってみせる。

「お前なら知っているだろう。“お前の主の本当の名”を。元大天使。神の下僕」
「ギリシャの、虹の女神の、話、であれば、既知ではございますが。・・・元、全ての天使の長」

遠まわしに複数の情報を隠蔽しながら返す、絶妙な言い回しにルイは嗤う。
「さすがに、しつけの行き届いていることだ。シュラ。音ぐらいは、知っているだろうに」
お前の仲魔は、誰もお前の“その名”を呼ぼうとは、しないねぇ。・・・ふふ。まぁ、いい。
そんなことより。

「どうするのだね、シュラ」
「どうする・・・って?」
きょとん、と尋ねてくる、養い子の無垢な瞳にくつくつとルイは笑い声を落とす。

「言っただろう。・・・いい子が居れば、それはそれで構わない、と」
どうする?その一瞬しか存在しない美しい虹の化身の手を取るのか?

「・・・手を取る?」
「その桔梗とやらを、お前の嫁にするのか?と、聞いているのだよ。可愛いシュラ」




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後書き反転

ウリエルは普段は前と同じ見かけです。戦闘形態になると黒い翼に。
彼も女性体は長髪にしたいのですが。想像力がついていかない・・・?
(ロキは普段から長髪ですので適当でw)