Metamorphose 06




「・・・ッ」
「ああ、無理に動かないで。桔梗。・・・大丈夫?痛くない?」
「・・・は、い」

優しい主から、もう何度目か分からない、いたわりの言葉を受けて、クズノハは顔を赤くする。
・・・自分が、情けなくて。

「少し、休もうか」
「い、いいえ。大丈夫、で・・・」

くん!
「・・・ッ!」

言うそばから木の枝に引っかかったクズノハの黒い、長い髪をはずしてやりながら、
シュラは優しく微笑んで、言った。

やっぱり、少し、休もう、と。




◇◆◇




これ以上は、時間の無駄だねぇ。もう“お見合いパーティ”はお開きに、しようか。
“嫁”という単語に微妙に固まったままの二人を、呆れたように見ながらルイが言う。

「な。・・・で、では、まさか、その悪魔をシュラ様のお相手に?」
「そんな!名家の出、でも何でもない、そんな悪魔が?・・・何て、身の程知らずな!」

慌て、ざわめき、クズノハを睨みつけてくる女悪魔共に皮肉な一瞥を投げ、悪魔の王は嗤う。

「だって、お前達は、ここに来ることすら、できないのだろう?・・・誰一人」
女性体の私が、この子の傍に座っている、という、ただ、それだけの理由で。

静まり返る会場に、冷ややかな、どこか自嘲の響きの篭る声が響く。
「情けないことだ。どうやら、私達は魔物としての在り方をはき違えさせてしまったようだね」

それとも、何かい。
「その程度の胆力すら無い雌が、この私の最高傑作の“相手”をしよう、と、言うのかい?」

くすくす。
教 え て あ げ よ う 、そ れ こ そ が 。

――― “ 身 の 程 知 ら ず ”、と、言うのだよ。

そして、凍りついた会場をもはや顧みることも無く、ルイは呟く。

「お前もその子を連れておゆき。シュラ」

・・・ああ。わかってるよ。いきなり部屋に連れて行け、なんて、情緒の無い事は言わないから
“お前の庭”にでも案内してやったら、どうだい?その子と同じ名の花も咲いているだろう?
気にすることは無い。どうせ“茶番”だ。・・・あれも、これも・・・それも、ね。

そう、育ての親に、何かを含んだ表現で促されて。
凍りついた会場にそのまま留まるのも、嫌だなぁと心の底から思ったシュラは言われたとおり
“桔梗”を連れて、自分の庭へと案内・・・しているところだったのだが。


「足、見せてみて?」

座り心地の良さげな小さな岩を見つけ、その上に桔梗を座らせたシュラが唐突に言う。

「・・・え」
戸惑う隙もあらばこそ、クズノハの足元にしゃがんで器用に靴を脱がせたシュラは、赤く腫れた、痛々しげな白い足を見て、軽く、溜息をつく。

「早く言ってくれれば、いいのに」
何度もつまずいたり、服や髪をあちこちに引っ掛けたりしてるから、おかしいな、と思ったら。

はあ、と、もう一度つかれる溜息に、クズノハはピクリとする。
「・・・すみま、せん」
「いや・・・こういう踵の細い高い靴って、慣れてないと、すごくツライんだよね」
俺も、ルイにドレスアップされた時に、経験あってさ。こっちこそ、気付かなくてごめん。

そう、優しく言われて、クズノハの心臓がどきり、と音を立てる。

冷やした方がいいね。確か、近くに泉があったから、布、濡らしてくる。
絶対零度で冷やすわけにも行かないし、ちょっと待ってて、と駆けていく、愛しい主人の後姿を
見つめながら、ほぅ、とクズノハも溜息をつき。

(・・・シュラ様に、気遣われて、優しく微笑まれて、嬉しい、はずなのに)
どうして、こんなに、胸が、チクチクするんだろう?・・・と。
首を、傾げた。






◇◆◇




「ツ・・・」
「ああ、ごめん。痛かった?」

冷えた布を当てられて、ジンと響く鈍い痛みに眉根を寄せるクズノハだが、焦ったシュラに上目遣いに覗き込まれて。その心配そうな、魔力のこもった瞳をうっかりと直視、して、しまう。

(う・・・わ)
確か、主の瞳を、直視、しないほうが、いい、と言われていたのを、遅まきながら思い出す。

――― 自分では、よく分からない、けど。魅了眼、とでもいうの、かな?
レベル差ありすぎると、視線を合わせるだけでもダメっぽいらしい、から。
つっても、お前はあんまり、そーゆーの関係ないと思うんだけどなー。念の為、って皆が言うし。
だから、あまり俺の目は直接見ないでね、と言われて、そもそも“野生の獣”の常識として不用意に相手と 瞳を合わせることはしないため、特に気にすることも無く、その助言に従っていた、のに。

(え?・・・か、体、動かない?・・・し、心臓も、何だか、ドキドキ、して・・・)
ど、どうしよう。顔も、熱いし。ぼ、僕、病気になったんだろうか?

幼い子狐と違い、クズノハの現状をほぼ正確に理解したシュラもまた、しまった、と思う。

(どう、しよ、俺。このまま、この子、逃がしてやる、つもり、だったのに)
誰よりも綺麗なのに、誰よりも世慣れていない風情の、強いのにどこか幼い不思議な悪魔。
きっと、無理やりに連れてこられたんだな。だから、俺なんかの“相手”にしちゃダメだって。
・・・どんなに、心惹かれても、触れちゃダメだって、そう、言い聞かせて、たのに。


主の、金の瞳から目を逸らせないままだったクズノハは、ふい、と主からその視線を外されて、
ホッ・・・とする暇・・・もなく、

――― え?)

さっき、癒してもらった、足の赤みに。
最愛の主の、冷たい唇が触れるのを、感じた。




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後書き反転

自分以外が嫁を苛めるのはダメだそうです。ルイ姑様。