Metamorphose 08




体、アツい。
ゆっくりと、体の中心に、何かが、巣くっていくように、ツラくて、甘い。

チュと軽く落とされる唇は、秀でた額から、潤む目尻、赤く染まる頬へと下り。
柔らかい耳朶を優しく食んで、敏感な耳の裏で少しキツク吸い上げて、白いうなじへ至る。

身の内の、生まれて初めて知る熱に促されて、主の首へとその腕を回した子狐は知らない。
その遠慮深げに、それでも耐え切れないようにシュラを抱きしめる白い腕が、主の熱を煽り、
結果、己の肌に所有印を増やさせている、ことなど。

「あ・・・んっ」
キュ、と強く鎖骨の傍を吸われて、思わずと上がった声に返るのは、かすれた感嘆の響き。

「・・・きれいな、声、だね」
でも、他の悪魔に聞かせるのは、嫌だな。

言うなり、唇同士を深く合わされて、当然のように絡められる舌は、冷たいのに熱い。
(シュラ、さま)

だが。主の甘い口づけに溶かされていく子狐の意識を凍らせたのは、
(・・・ダメ、だよ)
どこかで聞いた、自らの内に住まう美しい誰かの声。






――― 彼を愛しても、いい。それは、仕方の無い、ことだから。
(しかたのない、こと?)

――― だって。彼を愛さないなんて、“僕”には無理だから。
(・・・)

――― でも、愛してることに、気付かれちゃ、ダメだ。
(どうして?)

――― 彼に、愛されちゃ、ダメだ。
(どうして?)

――― また、置いていかれる。


また、何度探しても探しても探しても、どこにも彼が居ない地獄に、笑って置いて、いかれる。



「・・・っ!」

気付くと、目の前で驚いたような金の瞳が瞬いていて。
主の唇の端から流れる赤い液体を見ながら、哀しい白い獣は恐ろしい事実を知る。

――― ほら、だから、近寄るなって、言ったのに。

・・・また、彼を傷つけて、しまったね。・・・”僕”は。




◇◆◇




ドゥン!と、突然に庭の奥から起こった地響きに、酒盛りの場の面々は顔を向ける。

「やっと出たか」
涼しい声で呟くルイの傍らを、
「・・・失礼を」
「行ってくるぜ!」
二体のシュラの仲魔が駆け抜けてゆく。

「な、何が起こったの?!」
「ふふ。裏切り者の尻尾がようやく顕現した、というところだよ」
「裏切り者?」
「そう。己の欲に負けて、敵とつるんだ愚か者」

敵、と呆然と呟くジルの横で、おや、とルイの眉が微かに寄る。

「・・・シュラにしては、動きが鈍い・・・ふふ、どうやら、これは」
どこぞの女狐に舌でも噛まれたのかねぇ。と聞いて、ジルの全身の毛が恐怖で逆立つ。

「ほら、ごらん。魔法詠唱がやりにくそうだ・・・。初心な子が相手だと大変だねぇ」
他人事のように語るルイを残し、慌ててジルも戦闘態勢に変化しながら、駆けていった。



「シュラ様!」
突然に現れた、黒・赤・白・青の長い四色の首を持つ怪物。
恐らくは打撃攻撃を反射する類の、厄介な。
その内、一本の首に体を巻きつけられた主人を見ながら、クズノハは叫び、焦る。

シュラ様がこんな怪物程度に、遅れを取るわけが無い。なのに。
防御魔法も、攻撃魔法も後手後手に・・・いや、タイミングを上手く取りきれないのか、その効果が
減じてしまって、その首の拘束から逃れずに、いる。

(どうして?)
――― お前のせいだよ。
(え?)
――― お前が舌を噛んだから。
(・・・あ!)

・・・僕のせいで、シュラ様は呪文を上手く詠唱できない、んだ。

ぞくり、とクズノハの体中に回る感覚は後悔と言うには、鮮やかに過ぎる、激痛。

僕のせいで、僕のせいで、僕のせいで・・・僕のせい、だ。
僕のせいで、また、シュラ様が傷ついて、血を流して、苦しんで。・・・また、僕のせいで。




◇◆◇




(しまったな。まさか、ココで仕掛けてくるとは)
もっと、ルイたちから離れてから、と見越していたのに・・・ああ、桔梗に悪いことをした。

化け物の巨体でよく見えないが、きっと脅えてる・・・と、シュラはクズノハを心配する。

とりあえず、彼女だけでも避難させないと・・・なんだけど。
・・・ち。コイツ、打撃は受け付けないタイプ、だよな。見るからに。
かと言って、今の俺だと魔法のタイミングが取りきれないし・・・。
うーん。リンが刀や槍の一つぐらい習得なさってください、って熱弁してたの、もっとちゃんと聞いておけば良かったかー。つっても、得物を持ち歩くわけにも行かなかったしな。今日の場合。

「・・・って、うわ!何!!」

傍が思う以上に、のんびりと現状を把握していた混沌王は、いきなり緩んだ首の力に驚きつつも、その機を逃さず、すかさずその束縛から逃れ、トンと軽やかに着地する。

・・・一体何が、と、見やった視線の先に居たのは。


化け物の返り血を浴びながら、どこかで見たような日本刀を振るって、戦う、
恐ろしいほどに美しい、“魔物”の姿、だった。





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