体、アツい。
ゆっくりと、体の中心に、何かが、巣くっていくように、ツラくて、甘い。
チュと軽く落とされる唇は、秀でた額から、潤む目尻、赤く染まる頬へと下り。
柔らかい耳朶を優しく食んで、敏感な耳の裏で少しキツク吸い上げて、白いうなじへ至る。
身の内の、生まれて初めて知る熱に促されて、主の首へとその腕を回した子狐は知らない。
その遠慮深げに、それでも耐え切れないようにシュラを抱きしめる白い腕が、主の熱を煽り、
結果、己の肌に所有印を増やさせている、ことなど。
「あ・・・んっ」
キュ、と強く鎖骨の傍を吸われて、思わずと上がった声に返るのは、かすれた感嘆の響き。
「・・・きれいな、声、だね」
でも、他の悪魔に聞かせるのは、嫌だな。
言うなり、唇同士を深く合わされて、当然のように絡められる舌は、冷たいのに熱い。
(シュラ、さま)
だが。主の甘い口づけに溶かされていく子狐の意識を凍らせたのは、
(・・・ダメ、だよ)
どこかで聞いた、自らの内に住まう美しい誰かの声。
――― 彼を愛しても、いい。それは、仕方の無い、ことだから。
(しかたのない、こと?)
――― だって。彼を愛さないなんて、“僕”には無理だから。
(・・・)
――― でも、愛してることに、気付かれちゃ、ダメだ。
(どうして?)
――― 彼に、愛されちゃ、ダメだ。
(どうして?)
――― また、置いていかれる。
また、何度探しても探しても探しても、どこにも彼が居ない地獄に、笑って置いて、いかれる。
「・・・っ!」
気付くと、目の前で驚いたような金の瞳が瞬いていて。
主の唇の端から流れる赤い液体を見ながら、哀しい白い獣は恐ろしい事実を知る。
――― ほら、だから、近寄るなって、言ったのに。
・・・また、彼を傷つけて、しまったね。・・・”僕”は。
◇◆◇
ドゥン!と、突然に庭の奥から起こった地響きに、酒盛りの場の面々は顔を向ける。
「やっと出たか」
涼しい声で呟くルイの傍らを、
「・・・失礼を」
「行ってくるぜ!」
二体のシュラの仲魔が駆け抜けてゆく。
「な、何が起こったの?!」
「ふふ。裏切り者の尻尾がようやく顕現した、というところだよ」
「裏切り者?」
「そう。己の欲に負けて、敵とつるんだ愚か者」
敵、と呆然と呟くジルの横で、おや、とルイの眉が微かに寄る。
「・・・シュラにしては、動きが鈍い・・・ふふ、どうやら、これは」
どこぞの女狐に舌でも噛まれたのかねぇ。と聞いて、ジルの全身の毛が恐怖で逆立つ。
「ほら、ごらん。魔法詠唱がやりにくそうだ・・・。初心な子が相手だと大変だねぇ」
他人事のように語るルイを残し、慌ててジルも戦闘態勢に変化しながら、駆けていった。
「シュラ様!」
突然に現れた、黒・赤・白・青の長い四色の首を持つ怪物。
恐らくは打撃攻撃を反射する類の、厄介な。
その内、一本の首に体を巻きつけられた主人を見ながら、クズノハは叫び、焦る。
シュラ様がこんな怪物程度に、遅れを取るわけが無い。なのに。
防御魔法も、攻撃魔法も後手後手に・・・いや、タイミングを上手く取りきれないのか、その効果が
減じてしまって、その首の拘束から逃れずに、いる。
(どうして?)
――― お前のせいだよ。
(え?)
――― お前が舌を噛んだから。
(・・・あ!)
・・・僕のせいで、シュラ様は呪文を上手く詠唱できない、んだ。
ぞくり、とクズノハの体中に回る感覚は後悔と言うには、鮮やかに過ぎる、激痛。
僕のせいで、僕のせいで、僕のせいで・・・僕のせい、だ。
僕のせいで、また、シュラ様が傷ついて、血を流して、苦しんで。・・・また、僕のせいで。
◇◆◇
(しまったな。まさか、ココで仕掛けてくるとは)
もっと、ルイたちから離れてから、と見越していたのに・・・ああ、桔梗に悪いことをした。
化け物の巨体でよく見えないが、きっと脅えてる・・・と、シュラはクズノハを心配する。
とりあえず、彼女だけでも避難させないと・・・なんだけど。
・・・ち。コイツ、打撃は受け付けないタイプ、だよな。見るからに。
かと言って、今の俺だと魔法のタイミングが取りきれないし・・・。
うーん。リンが刀や槍の一つぐらい習得なさってください、って熱弁してたの、もっとちゃんと聞いておけば良かったかー。つっても、得物を持ち歩くわけにも行かなかったしな。今日の場合。
「・・・って、うわ!何!!」
傍が思う以上に、のんびりと現状を把握していた混沌王は、いきなり緩んだ首の力に驚きつつも、その機を逃さず、すかさずその束縛から逃れ、トンと軽やかに着地する。
・・・一体何が、と、見やった視線の先に居たのは。
化け物の返り血を浴びながら、どこかで見たような日本刀を振るって、戦う、
恐ろしいほどに美しい、“魔物”の姿、だった。