Metamorphose 11



「クズノハ!」
焦ったように駆け寄ってくる銀の髪の友人を見て、ほう、と今は桔梗のクズノハは息をつく。

「もう!あんたって子は!何て無茶を!!」
薬で成長させてる分、力は大きくなるけど使いすぎたら負担もその分、かかるって、あれほど!

・・・と。そこまで大声で叫んでから。

クズノハの傍で、紫の肌の悪魔が苦笑していることに気付き、ジルの顔は蒼白となる。

「ろ、ロキ、さま、あ、い、いや、いまのは、」
「あー、気にしなくていいからー」
分かってるしー。シュラに言ったりしないしー。

(“私”たちも、自分から恋敵に“手助け”するほどお人好しじゃないしね)

複雑な感情を、いつもより妖艶な、皮肉な笑みで覆い隠して。
今は女性体を採るロキは、じゃあ後は頼むわとジルに言い残して愛しい主の元へと足を向け。
その後姿を、羨ましげに悔しげに見送るクズノハの肩を、ぽんぽんとジルは叩いてやった。




◇◆◇




「……最高傑作、ですか。確かに」

血の色の声で、神の密偵は混沌の王を見る。
その緑の瞳に浮かぶ色は恐れでも怯えでも蔑みでも無い。

「人修羅、殿。……私、こそ、貴方に、お聞き、したい」
沈黙のまま、ひとつ為された王の瞬きを許可と取ったように、天使の言葉は続く。

「我が神に、救いを求めるお気持ちは、まだ、ございませんか?」
フ、と皮肉気に上がる女の口角は魔界の支配者のもの。渾沌の王の表情は、変わらない。

「本来、貴方は、天に上がられる資格をお持ちで、あられた」
悪魔と堕ちても創世の力を保持されたその矛盾、もう、お気づきでありましょう?

「貴方の、生誕日も、これまでの苦悩も、何かを象徴しているとお思いになりませんでしたか」
かの御方のごとく、貴方もまた、人の罪をその身で償わされていたもの。生贄の子羊。

「今からでも遅くはございません。どうか、この手を」
ラファエル殿もガブリエル殿も、ミカエル殿も、メタトロン様までが。心を痛めておられます。

「どうか」
この手を取って、共に天界へ。
我等が父の元へ、参ろうではありませんか。哀しきソフィアよ―――


パタリ、パタリと口から落ちる赤い滴と共に語られる、不可解な美しい勧誘。

(ふふ。さすがに高位天使。美しい調べを奏でる。だが、)
天使の声、その響きそのものが相手を魅了し陥落させる「力」であることを知るルイは笑む。
そんな音ごときで、この最高傑作が落ちるわけも、あるまいに、と。

暫しの静寂を破り。
突然に、バサリとひるがえる翼の音が天空より聞こえ。
ザフィエルとシュラとの無言の視線の交わりを、断ち切るのは金の髪の大天使。

「・・・そのように物欲しげな瞳で、我が主を見るものではありません。ザフィエル」
「ウリエル、殿・・・ですか」

その御姿は、と眉を寄せるザフィエルを冷たく見やって、ウリエルは主をその背へと庇う。

「…物欲しげ、とは、また、言いがかりを。私はただ」
「ただ?」
「感嘆している、だけです」

――― よくも、このような方が、存在できる、ものだと。



◇◆◇



「しかし、・・・貴方までそのような、穢れた女の態をとられるなど、何と嘆かわしい」
「相変わらず、頭が固い。いや、女嫌いは変わらないようですね、ザフィエル」

魔力と権力を「男」に集中させるために、「女」というカタチをことごとく貶めたのが
我々の“元”を生み出したコトワリの正体だということぐらい。

「お前だとて、分かっているくせに、よくもそのような戯言を、言える」
そう、クスクスと笑う“美女”に、ザフィエルの擦れた溜息が落ちる。

「まさか、本当に、ここまで貴方が堕ちられたとは・・・。ウリエル殿」
「いいえ、私は堕ちてなど、いませんよ。ザフィエル」

誇らしげな即答に、おや?と周囲の視線が定まり。
ウリエルはゆっくりとシュラの横に跪き、その手に触れて、甲に口付ける。

「何となれば、私の唯一の御方は、こちらに居られるゆえ」

この方の居られる地が、私にとっての天。
堕ちたのではなく、やっと到達したのだと笑む天使の表情は、悲しいほどに潔かった。






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後書き反転

楽しそうだな、ウリエル・・・。