「天、ですか。では」
このSéraphitusが真の天上に戻られれば、貴方もまたご帰還なされるわけですね。ウリエル殿。
その妙な呼び方に数度瞬きをしただけのシュラを見ながら、またゴフリと吐いた血の残滓、
口元に赤い線を描くそれをぬぐって、立ちあがるザフィエルにウリエルもまた剣を抜く。
「主様は、御下がりを」
ここは、私が。
長い金髪を揺らして告げる、その魔天使の翼に、す、と触れる主の労りの指は喜びを。
「任せる」
何の迷いも無い、信頼だけが篭る主の声は、身が震えるほどの悦びを。
この地の底を自らの天と言い切った、堕ちた大天使に齎した。
◇◆◇
「なる、ほど。女性型の方が、身軽さが上がる、わけですか。ウリエル殿」
「ふ。腕が鈍りましたか。ザフィエル」
己の未熟さを棚に上げて、くだらない、言い訳を!
弱っていても、神の密偵の名を持つもの。それが次々に放つ、魔法も斬撃も軽々とかわし、
ザクリとウリエルが鋭く打ちおろす剣の先は。
「う、ぐぅっ!」
ザフィエルの翼、その根元。
バサリ、と地に落ちた一翼が、持ち主を慕うようにバサバサと音を立て、やがて沈黙する頃。
二体の翼を持つものの周囲には、紅い雪のように血に染まった羽がふわふわりと降り積もる。
「こいつは、派手だねぇ」
「ロキ」
来たのか、と自分が映る愛しい金の瞳が“それ”を問う前に。
「あの花はちゃんと安全圏に置いてきたからー」
心配は要らないと、北欧の魔王は先手を打つ。
そうか。良かったと、落ちるシュラの安堵の溜息に、チクリと痛む自分の胸を見過ごして。
ロキもまたシュラを庇う位置で、戦闘態勢を採った。
「変わらず、悪趣味で、あられる、ウリエル様」
翼が我らにとって、最大の弱点であり、誇りであること、など、誰よりも、ご存知の、はず。
「なろうことなら、その瞳をえぐってしまいたいところですが。ザフィエル」
お前だけでは無い。執着を持って我が主を映す“何か”など、全て葬ってしまいたい。
「それほどに、ご執着、か。…貴方ほどの、方が、」
さすがにソフィア。いや、むしろ、やはりSéraphitus。
「あの方に、そのような忌名を使うものではありません」
「ふ。ならば、シュラ様とお呼びしたなら、」
如何様に?と。
その言葉が終わらぬ内に、大天使の刃はザフィエルの背中から2つ目の翼を、ザクリと。
地に落とした。