Metamorphose 12





――― 生きて天に昇る者を迎えよう。

歓迎しよう、様々なる《世界》の花よ。

苦しみの炎より出でしダイヤモンドよ。


瑕の無い真珠よ、肉を捨てた欲望よ、天と地の新しい絆よ。光となるがいい。

勝利した《霊》よ、世界の《女王》よ、王座に向かって駈けるがいい。

地上に打ち勝ちしものよ、王の冠を頂くがいい。


…さあ、私達の仲間へとなられるがよい。


『Séraphita』 Honoré de BALZAC




「天、ですか。では」
このSéraphitus(セラフィトゥス)が真の天上に戻られれば、貴方もまたご帰還なされるわけですね。ウリエル殿。

その妙な呼び方に数度瞬きをしただけのシュラを見ながら、またゴフリと吐いた血の残滓、
口元に赤い線を描くそれをぬぐって、立ちあがるザフィエルにウリエルもまた剣を抜く。

「主様は、御下がりを」
ここは、私が。

長い金髪を揺らして告げる、その魔天使の翼に、す、と触れる主の労りの指は喜びを。

「任せる」
何の迷いも無い、信頼だけが篭る主の声は、身が震えるほどの悦びを。

この地の底を自らの天と言い切った、堕ちた大天使に齎した。



◇◆◇



「なる、ほど。女性型の方が、身軽さが上がる、わけですか。ウリエル殿」
「ふ。腕が鈍りましたか。ザフィエル」
己の未熟さを棚に上げて、くだらない、言い訳を!

弱っていても、神の密偵の名を持つもの。それが次々に放つ、魔法も斬撃も軽々とかわし、
ザクリとウリエルが鋭く打ちおろす剣の先は。

「う、ぐぅっ!」

ザフィエルの翼、その根元。
バサリ、と地に落ちた一翼が、持ち主を慕うようにバサバサと音を立て、やがて沈黙する頃。
二体の翼を持つものの周囲には、紅い雪のように血に染まった羽がふわふわりと降り積もる。

「こいつは、派手だねぇ」
「ロキ」
来たのか、と自分が映る愛しい金の瞳が“それ”を問う前に。

「あの花はちゃんと安全圏に置いてきたからー」
心配は要らないと、北欧の魔王は先手を打つ。

そうか。良かったと、落ちるシュラの安堵の溜息に、チクリと痛む自分の胸を見過ごして。
ロキもまたシュラを庇う位置で、戦闘態勢を採った。


「変わらず、悪趣味で、あられる、ウリエル様」
翼が我らにとって、最大の弱点であり、誇りであること、など、誰よりも、ご存知の、はず。

「なろうことなら、その瞳をえぐってしまいたいところですが。ザフィエル」
お前だけでは無い。執着を持って我が主を映す“何か”など、全て葬ってしまいたい。

「それほどに、ご執着、か。…貴方ほどの、方が、」
さすがにソフィア。いや、むしろ、やはりSéraphitus。

「あの方に、そのような忌名を使うものではありません」
「ふ。ならば、シュラ様とお呼びしたなら、」

如何様に?と。
その言葉が終わらぬ内に、大天使の刃はザフィエルの背中から2つ目の翼を、ザクリと。

地に落とした。




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後書き

冒頭部分はフランスの作家バルザックの神秘小説『Séraphita』(セラフィータ)より。若干改訳。
Séraphitus(セラフィトゥス)はセラフィータの男性形。

この小説の主人公は「彼」にして「彼女」である、純粋なる両性具有的生物。

ええっ、何ソレと思われた方は<バルザックの神秘小説『セラフィタ』>あたりでググると情報が。
(本当はアバチュ小説で使う予定だったのですが。いろいろ考えて、今はこちらで)
そしてフランス語が分かる方はぜひこちらを訳して教えてください!