Metamorphose 15



「主様!」
悲痛な声で叫んだウリエルが、焦ったように男性体へとそのカタチを変えるのを認めて。

(ふふ。魔力では無理と見て、力押しで檻を壊す気ですか)
無駄なことを、とザフィエルは嗤う。

(貴方の能力は調査済みです。ウリエル殿。男性体になってもこの檻を壊せるほどの力は無い)
好きなだけあがかれるがいい、とほくそ笑んだその前で。
囚われの王は配下の鳥に、静かに命令を下す。

「動くな、ウリエル」
「主様…っ!ですがっ!」

(いいから、待て)
(待つ?…何を?」

後半の密やかな囁きは気付かぬザフィエルが、どこか残念そうに言葉を綴る。

「さすがに百戦錬磨の将。ここまで来ても動揺ひとつなさらないのですね」
(しかし、これほどに何の感情も引き出せぬ、とはさすがに不満ですね)

「泣き叫んで、命乞いをしてほしい?ザフィエル」
逃がすつもりなど欠片も無いくせに?“いい”趣味だね。
「…っ」
瞬時に心中を見抜かれて、天の遣いが言葉を詰まらせる。

「動揺する必要があればするさ。する必要が無いからしない」
「負け惜しみ、ですか。もう動くこともおできにならぬくせに」
「いや。動けるよ」
「え?」

その証明と言わんばかりに、シュラは苦しげなロキを“何か”から守るように身近に抱き寄せる。

「俺は待っていただけだ」
「待つ?…何を?」
奇しくもウリエルと同じ質問を繰り返したザフィエルが、その疑問系の音を終わらせる前に。

キンとその場に輝いた鋭い切っ先のきらめきが、光の檻を突き破った。



◇◆◇



はちきれそうな風船に、尖った針の先が刺さったように。
勢いよく、穴から吹き出す光の波が、魔界の闇とどこか嬉しげに混じりあい。
かねてより承知だったかのように、その「針」の柄を受け止めた人修羅は満足そうに笑む。
だが、囚われの二人が出てくるだけの出口は、まだ開かない。

「もう一撃だ!頼む!ウリエル!」
「…! クー・フーリンか!…承知!」

綻びのできた檻など、今のウリエルには何の阻害にもならず。
主と仲魔を傷つけぬよう、ザシュ、と切り裂かれた光の幕がだらりと垂れ落ち。
そこから歩み出た主が、ロキをゆっくりと気遣うように地面へ横たえるその帰結を確かめて。
すぐにバサリとウリエルの羽根が向かう方向は、驚愕したまま動けぬザフィエルの背後。

言葉も発せず、硬直したままの体を拘束したウリエルの元に、ゆっくりと主が歩む。

「同じ手が何度も通じると思ってるなんて、天界も甘いね」
くすくすと、優しげにさえ思える笑みに、ザフィエルはこれまで味わうことが無い恐怖を知る。

「な、何故。光の檻を。誰が。ここまでの光の力を使える者、など、この魔界に居る、はずも」
そもそも、なぜ“今は”闇の悪魔の属性しか持たぬ貴方が、光の檻の中で自由に動けた?

「それぐらいは答えても、いいかな」
ほら、答えはコレ。と、見せるのは先ほどの“針”。

「これは、槍?」
「ロンギヌスの槍じゃなくて、残念?」
“あの方”と同じように俺の下腹部を切り裂きたかった?中身を引き出して弄びたかった?

「……“いい”趣味だね。でもやるなら“自分”でやれば?“俺”は遠慮させてもらうよ」
「…く」
それは、濁った天界の者へのあからさまな、挑発。
そして、ザフィエルの先の言を受けた、あからさまな、皮肉。

「主様。このような者に、そのようなお戯れはおやめください」
そう、言いながらシュラの傍に跪き、うやうやしくその槍を受け取るのは。
「お前、は」
震えながら問う天使の前、主を庇うように立ちあがるのはケルトの英雄。(いにしえ)の光の神の、息子。

「なるほど。・・・では、この方に“光の力”を授けたのも、お前ですか」

(やはり、“娼婦ソフィア”。貴方の本質は未だ変わらぬようだ)
淫売(・・)が、と、音に出さぬ罵りは、けれど周囲へと伝わり、無礼な天使への怒りを増幅させる。

「しかし、ケルトの太陽神ルーの息子も、堕ちられたもの。いや、さすがは邪眼のバロールの曾孫、とでも、言いましょうか」
「ふ。“妖精”などという玉虫色の表現で、我等ケルトの民を(てい)よく呪縛した異教の徒に何を言われても。痛くも痒くも」
「……さすがに、混沌王。ご自分の“犬”を、よく、飼いならされておいでだ」

愛する仲魔への罵倒に、む、と、微かに気色ばんだ主を、犬と呼ばれた従者は笑顔で止める。

「やはり、貴方とは相容れぬようだ。ザフィエル殿」
「ほう、それは如何なる理由で」
「犬という語が、我等の地で“美と強さの象徴”であったことすらご存じない無知な方とは」
「…な」

無知、と。恐らくはこの天使にとっては、最大の侮辱を為し。
いや、ご存知の上でお褒めいただいたか、それは失礼した。と軽く頭を振るクー・フーリンの冷たい瞳は、彼がどれだけの怒りを抑えているかを如実に示す。

「素直に申されるが良い。“神の密偵”殿。支配下に置くために偽りの言葉を使ったと」
我等のケルトの民の強さを畏れたか、はたまた殲滅するに足る軍が賄えなかった故に。
「……」

「お答えにならぬか。話にならぬな。では、最後に一つだけ先ほどの言、取り消していただこう」
「…何を」

「私は堕ちてなどおらぬ。ザフィエル殿」

何となれば。先に、お前のかつての同輩も言ったはず。

「私の唯一の主は、ここに居られる、ゆえ」

この御方の居られるところが、我等の在るところ。我等にとっての天。
お忘れなきようにと、研ぎ澄まされた刃の音で告げる幻魔の表情は、恐ろしいほどに美しかった。




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後書き反転

ロンギヌスの槍:言わずと知れた「あの方」の腹を刺した槍です。当然エヴァじゃないw