青翼 2



何度目かの力の授受行為の、後。

寝台の上で、その美しい姿を隠しもせずに横たわる主に、薄絹をかけ。
更に自らの腕と、翼でその存在を覆い隠しながら、ウリエルは心中の想いの欠片を吐露する。

「心から愛しております。主さ……」

けれど。

(え?)

ムギュといきなりに頬をつねられて、その言の葉が止まる。
ムゥと拗ねたような表情を見て、何のご不興をかったかと焦る下僕を主は責める。

「今は、その呼び方、やめろ」
「え」
「その呼び方だと、誰を呼んでるのか、分からないだろ」

(……その呼び方だとさ、俺だかルイだか神だか分かんないから)
懐かしい懐かしい、いつかの記憶が過ぎり、ウリエルの脳内は乱れる。

「今は、名前で、呼べ」
「……どの名で」
「今の俺の名は、一つしか無いよ」
「では」

――― 愛しております。シュラ、様。

ふふ。よくできました。
教えたとおりに言葉を囀った鳥をほめるように、主人は自分の愛玩物に好意を告げる。

――― 好き、だよ。俺の、大天使」
「!」

それは。気が違うほどに、懐かしい台詞。ずっと囚われたままの檻。

「ん?どうか、した?」
「……いいえ。もう、私は“大天使”ではございませぬ、ゆえ」

ああ、そっか。そうだね、と笑う主は知らない。
過去の痛みに震える心臓を抑えこむ鳥の哀しみを、今の主は知らない。

「それに」
「それに?」

――― 愛している、とは言っていただけないのですか?

冗談めかして。自分の心に防御の陣を敷いて。
それでもほんの少しの期待をこめて告げてみた言の葉は、やはり、あっさりとかわされる。

「言ってほしいの?アイシテルって?……なら、次から、言うよ」
(ああ。そうやって、いつも、貴方は)

――― いつも私には簡単に残酷に“その言葉”の音だけをくださる。


「でも。大天使、って呼べないなら、何だろ。今の形態。魔天使、ってところ?」
「お好きにお呼びください。本質は変わりませぬゆえ」

「本質?」
「私は」

――― 貴方のためだけに存在している、生き物です。

今も昔も。そして恐らくはずっと。
(貴方がその瞳に私を映して、その声で私を呼ばわれる限り、ずっと。いつまでも)

その言葉に一瞬だけ、眉を寄せ。
けれど、ゆるりとその表情を自然に崩して、そうか、と。

「ならば、おいで」

どこまでも、ついておいで。俺の青い、鳥。

そんな言葉の網を柔らかく投げた悪魔は、もはや逃げること可わぬ哀れな鳥を抱きしめて。
その黒い紋様の籠にそっと閉じ込めてやった。




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